ブログを見ていたら、福田首相が辞めていた。
福田首相、辞任に思う。:けやきのき
>"とにかく自分にはもう無理"と言っているように聞こえました。
私はそんなに政治には詳しくないし、政治家や官僚がどう動いているのかも十分にはわかっていないのですが、でも、情けないと思いました。
suikyoさんのこの言葉が私たちを代弁しているのではないかな。
>総理大臣の器ではなかったということなのでしょうか。
では、総理大臣にふさわしい人とは誰なのでしょうか。
福田首相、辞任表明:yahoo news
> 福田首相は平成18年の小泉首相退任に伴う自民党総裁選への出馬を検討したが断念。だが19年9月に安倍晋三前首相が体調不良などを理由に突然退陣したため、その後行われた自民党総裁選に出馬し、麻生幹事長(当時)と争って勝利して第91代首相に就任した。
一年持たないで投げ出す人材ばかりなのか自民党は。
それにしても、二世以上の世襲議員ばかりで、権力意欲も無い代わりに、
こらえ性も無いのではないのか? 家業は議員で、総理ではないとは思うけど。
今朝は防災の日恒例の防災訓練もやったらしい。
総理としての最後の仕事が、防災訓練って、どうよ。
官邸で防災訓練 首相、午後に大阪入り:産経ニュース
>政府は「防災の日」の1日、東南海・南海地震を想定し、首相官邸や大阪府などを会場に大規模な総合防災訓練を実施した。首相官邸では、全閣僚が参加して臨時閣議や緊急災害対策本部会議を開催。福田康夫首相は模擬記者会見で「国民のみなさまには、大災害に冷静に対応するとともに、人命救出・消火活動に協力をお願いします」と冷静な対応を呼びかけた。
夏ばてする心に活を入れる
8月も半ばですね。
昨日は、思いのほか涼しくて、久しぶりにゆっくり眠れました(冷房入れないもので)
そんな緩んだ私の眼に飛び込んだ言葉。
危機、を乗り越える:理系兼業主婦日記
>転職して7ヶ月半。
ほぼ一緒ですね、私もフリーになって七ヵ月半。
>みかけの頭の回転が速い、というか、なまじ飲み込みがいいところがあるので、いつもこの段階で苦労する。
私も、そうなんですけど。やっぱりそうなんですか、そうですよね。
>わかったと思っていることを丁寧に見直すこと。
一見、退屈そうで面倒そうで、後回しにしたくなることを、まず完成させること。
ちょっとだけ、いつものルーティンと違うことにも取り組んで、テンションを上げること
服を買うとか、キッチン用品買うとか、ガジェット買うとか、ちょっとだけ私生活に楽しいものを取り入れること。
そして何より、始めたことを、きちんと続けること。
ここを乗り越えれば、また新しい視界が開けるはずだから。
思わず、ほとんど引用してしまった。
心にメモメモ。
気を引き締めて、今年の後半に臨もうと、誓うワタクシなのでした。
昨日は、思いのほか涼しくて、久しぶりにゆっくり眠れました(冷房入れないもので)
そんな緩んだ私の眼に飛び込んだ言葉。
危機、を乗り越える:理系兼業主婦日記
>転職して7ヶ月半。
ほぼ一緒ですね、私もフリーになって七ヵ月半。
>みかけの頭の回転が速い、というか、なまじ飲み込みがいいところがあるので、いつもこの段階で苦労する。
私も、そうなんですけど。やっぱりそうなんですか、そうですよね。
>わかったと思っていることを丁寧に見直すこと。
一見、退屈そうで面倒そうで、後回しにしたくなることを、まず完成させること。
ちょっとだけ、いつものルーティンと違うことにも取り組んで、テンションを上げること
服を買うとか、キッチン用品買うとか、ガジェット買うとか、ちょっとだけ私生活に楽しいものを取り入れること。
そして何より、始めたことを、きちんと続けること。
ここを乗り越えれば、また新しい視界が開けるはずだから。
思わず、ほとんど引用してしまった。
心にメモメモ。
気を引き締めて、今年の後半に臨もうと、誓うワタクシなのでした。
オクトパスアーミーって覚えてますか?
疑問符タイトルシリーズです。
昨日の、アーバンコーポレイションの倒産に思う
が、ものすごいアクセスで、びっくりです。
黒い噂があったとか、銀行の融資の引き上げが急すぎるとか、
いろいろあるようですが、不動産やってて、裏勢力と付き合いなしで土地まとまりますか?
銀行自身が裏勢力との付き合いどうなってるんですか?
まあ、ひどい話です。
さて、タイトルにあげた「オクトパスアーミー」。
若者向けにユーズドのファッションウェアを販売している会社です。
私、10年以上前ですが、ココのリクルート用の会社案内も作ったことあります。
会社案内なのに、ジュートの袋に入れたりしました。
勝手なことをしたものです。
その後、シンガポールから花の輸入始めたあたりから怪しくなって、
その後店舗の閉鎖が相次いだんですが、
今、通販中心でがんばっているんですね。
ブランドネームだけで、会社は別なんでしょうか?
どなたか知りませんか?
昨日の、アーバンコーポレイションの倒産に思う
が、ものすごいアクセスで、びっくりです。
黒い噂があったとか、銀行の融資の引き上げが急すぎるとか、
いろいろあるようですが、不動産やってて、裏勢力と付き合いなしで土地まとまりますか?
銀行自身が裏勢力との付き合いどうなってるんですか?
まあ、ひどい話です。
さて、タイトルにあげた「オクトパスアーミー」。
若者向けにユーズドのファッションウェアを販売している会社です。
私、10年以上前ですが、ココのリクルート用の会社案内も作ったことあります。
会社案内なのに、ジュートの袋に入れたりしました。
勝手なことをしたものです。
その後、シンガポールから花の輸入始めたあたりから怪しくなって、
その後店舗の閉鎖が相次いだんですが、
今、通販中心でがんばっているんですね。
ブランドネームだけで、会社は別なんでしょうか?
どなたか知りませんか?
子供をほしいとは思わないけれど
我が家には子供がいない。
子供が嫌いなので、結婚する気もなかった。
でも、結婚したいと思った人も子供が嫌いだったので、
子供を持たないことを確認して結婚した。
だから、子供がいない生活に何の不満もない。
だけどなんだか、何の役にも立っていない気がするときがある。
ブログで、働きながら子供を育てている女性とか男性とか、
気が立っていたり、悩んだり、振り回されたりしているのを読むと、
大変だなあ、と思いつつ、時々うらやましくもある。
そういう「生きている実感」とか、「続いていく期待」とかが、子供がいない家にはない。
自分が生きている実感を求めて、人はボランティアとかするんだなあ、と気がつく。
子供が世界を広げてくれる。自分が閉じこもりがちな自分だけの世界を無理やりこじ開けてくれる。
そう思って、大変だろうけど、子供と向き合ってください。
きっと、今大変な人は、あとで楽しみが帰ってきますから。
子供が小さいときに楽すると、あとが大変ですよ。きっと。
夏休みのジレンマ:MaaMingのときどきサイエンスカフェ
>こどもは本当に大変な生き物だ。しかし子ども嫌いの私ですら、彼らをまっすぐにひととして成長させるのは、まずは親(母親ではない)、そしてその外側に拡がっている世界の大人の責任だと思うのだ。
まったくです。
>一つ言えるのは、仕事だけしかしてこなかった人は、20世紀にはどう評価されたにしても、今はもはやダメ人間の部類だろうということ。
まだまだ、20世紀の幻影が社会を支配しているので、早く何とかしなくては。
大きく交替しないといけないタイミング:さとなお.com
>、ここ10年の変化は歴史的に見ても劇的なものなのだ。いまたまたまトップにいる方々にはタイミング悪くて申し訳ないと思うが、あなた方が悪いのではなく、たまたま「大きく交替しないといけないタイミング」なのである。明治維新と同じようなタイミングなのだ。過去の成功体験を捨てないと生き残れない時代。成功体験がない若手に思い切って任せないと取り残される時代。もう猶予なく。
いろんな意味で、成功体験を捨てないと、日本は国際競争に乗り遅れる。
国際競争しないという手もあるけど、それは、大変厳しい選択だ。
そして、この国を思うときに、子供たちの未来、という視点を大事にしたい。
自分の出世とかじゃなくてね。
希望だけがない国と、希望もある国、希望があることにしておける国 ●干場
>私個人にも希望がある。息子という希望がある。でも、息子にとっての希望とは?
子供がいないだけで、いろんなことが思いつかない可能性があると思う。今日この頃。
子供が嫌いなので、結婚する気もなかった。
でも、結婚したいと思った人も子供が嫌いだったので、
子供を持たないことを確認して結婚した。
だから、子供がいない生活に何の不満もない。
だけどなんだか、何の役にも立っていない気がするときがある。
ブログで、働きながら子供を育てている女性とか男性とか、
気が立っていたり、悩んだり、振り回されたりしているのを読むと、
大変だなあ、と思いつつ、時々うらやましくもある。
そういう「生きている実感」とか、「続いていく期待」とかが、子供がいない家にはない。
自分が生きている実感を求めて、人はボランティアとかするんだなあ、と気がつく。
子供が世界を広げてくれる。自分が閉じこもりがちな自分だけの世界を無理やりこじ開けてくれる。
そう思って、大変だろうけど、子供と向き合ってください。
きっと、今大変な人は、あとで楽しみが帰ってきますから。
子供が小さいときに楽すると、あとが大変ですよ。きっと。
夏休みのジレンマ:MaaMingのときどきサイエンスカフェ
>こどもは本当に大変な生き物だ。しかし子ども嫌いの私ですら、彼らをまっすぐにひととして成長させるのは、まずは親(母親ではない)、そしてその外側に拡がっている世界の大人の責任だと思うのだ。
まったくです。
>一つ言えるのは、仕事だけしかしてこなかった人は、20世紀にはどう評価されたにしても、今はもはやダメ人間の部類だろうということ。
まだまだ、20世紀の幻影が社会を支配しているので、早く何とかしなくては。
大きく交替しないといけないタイミング:さとなお.com
>、ここ10年の変化は歴史的に見ても劇的なものなのだ。いまたまたまトップにいる方々にはタイミング悪くて申し訳ないと思うが、あなた方が悪いのではなく、たまたま「大きく交替しないといけないタイミング」なのである。明治維新と同じようなタイミングなのだ。過去の成功体験を捨てないと生き残れない時代。成功体験がない若手に思い切って任せないと取り残される時代。もう猶予なく。
いろんな意味で、成功体験を捨てないと、日本は国際競争に乗り遅れる。
国際競争しないという手もあるけど、それは、大変厳しい選択だ。
そして、この国を思うときに、子供たちの未来、という視点を大事にしたい。
自分の出世とかじゃなくてね。
希望だけがない国と、希望もある国、希望があることにしておける国 ●干場
>私個人にも希望がある。息子という希望がある。でも、息子にとっての希望とは?
子供がいないだけで、いろんなことが思いつかない可能性があると思う。今日この頃。
漫画とかアニメとか
エントリを分離させました。
私の悪い所で、思考がどんどん滑っていってしまうため、
いろいろ書いてしまい、読む人がわかりにくくなる。
先のエントリは、プロフェッショナルのことだけ。
こちらは、ちょっと別の話を。
「崖の上のぽにょ」を見た感想がブログでも散見され始めた。
ストーリへの批判、アニメを手書きにしたことへの感動、いろいろと、ある。
私の感想はといえば、「実に面倒くさいものを作ったものだ」ということ。
このアニメで、宮崎駿は、「見ている子どもの感情を動かすこと」に
全霊を注いでいるように思えてならない。
ストーリーも、絵も、音楽も、「感情」のためにある。
理解とか、啓蒙とか、教訓とか、言葉になりそうなもの一切から自由になって、
子供が「面白い」と思い、「あー」といい、
ぽにょを見ている子供の顔が、そのぽにょと同じ顔になるようなもの。
その連続。
だから、ストーリーは破綻しているし、途中から現実とファンタジーの境を越えている。
どう考えても、崖の上の家しか生き残らないだろう、あの海の状態では!
でも、そんなことが大事なのではない。感覚が継続していくことが大事なのだ。
そのために、「この線ではだめだ」「これでは鳥は飛びませんよ」(プロフェッショナルより)と
すべての絵にダメ出しをしなければならないのだろう。
絵を描こうとするのではなく、精神や感覚を継続することが大事なのだから。
でも、そんなことを、常識的なアニメーターにわからせようというのが、無理なのではないか。
この間松屋銀座で高橋留美子展を見た(参考エントリ:るーみっくわーるど)。
高橋留美子の絵の一こま一こまにも、情景描写だけではなく、感情があふれている。
漫画は動かないけれども、それだけに、そのコマに時間を入れようと、描線を引く。
ラムちゃんの電撃は、感情の発露であり、そこには時間と音がある。
だから彼女の漫画はアニメ化されるのだろう。キャラクターがあらかじめ動いているから。
ぎゅっと圧縮した時間とか感情とかを描出するには、
見るものに嘘(といって問題ならば、架空)を信じさせる力が必要で、
それは、きれいな絵を描く力ではなく、魂を籠める巫女のような力がひつようなのではないか。
それには、すべてを投げ打って、一心不乱にその仕事に没入しなければならず、
あるいは、身をささげる気持ちが必要なのではないか。
>自分の信じる道を、「奴隷になって」も、歩き続けられる人なのだ。
という、すみきちさんが見通したことが必要なのではないか。
>「作り始めると、もう、映画の奴隷ですよ。
自分が好きなようにやってるんじゃないんだよ。
この映画はこうしなくちゃいけないという
宿命を背負っているんですよ」
と宮崎さんは表現する。
宮崎駿と高橋留美子に共通したものがあるかどうか考えたことはないが、
見た人が何を感じるか、映画とか漫画とかで見た人の「何か」を試されるような、
そんな「面倒くさいもの」を二人は作ったのではないか、と思った。
私の悪い所で、思考がどんどん滑っていってしまうため、
いろいろ書いてしまい、読む人がわかりにくくなる。
先のエントリは、プロフェッショナルのことだけ。
こちらは、ちょっと別の話を。
「崖の上のぽにょ」を見た感想がブログでも散見され始めた。
ストーリへの批判、アニメを手書きにしたことへの感動、いろいろと、ある。
私の感想はといえば、「実に面倒くさいものを作ったものだ」ということ。
このアニメで、宮崎駿は、「見ている子どもの感情を動かすこと」に
全霊を注いでいるように思えてならない。
ストーリーも、絵も、音楽も、「感情」のためにある。
理解とか、啓蒙とか、教訓とか、言葉になりそうなもの一切から自由になって、
子供が「面白い」と思い、「あー」といい、
ぽにょを見ている子供の顔が、そのぽにょと同じ顔になるようなもの。
その連続。
だから、ストーリーは破綻しているし、途中から現実とファンタジーの境を越えている。
どう考えても、崖の上の家しか生き残らないだろう、あの海の状態では!
でも、そんなことが大事なのではない。感覚が継続していくことが大事なのだ。
そのために、「この線ではだめだ」「これでは鳥は飛びませんよ」(プロフェッショナルより)と
すべての絵にダメ出しをしなければならないのだろう。
絵を描こうとするのではなく、精神や感覚を継続することが大事なのだから。
でも、そんなことを、常識的なアニメーターにわからせようというのが、無理なのではないか。
この間松屋銀座で高橋留美子展を見た(参考エントリ:るーみっくわーるど)。
高橋留美子の絵の一こま一こまにも、情景描写だけではなく、感情があふれている。
漫画は動かないけれども、それだけに、そのコマに時間を入れようと、描線を引く。
ラムちゃんの電撃は、感情の発露であり、そこには時間と音がある。
だから彼女の漫画はアニメ化されるのだろう。キャラクターがあらかじめ動いているから。
ぎゅっと圧縮した時間とか感情とかを描出するには、
見るものに嘘(といって問題ならば、架空)を信じさせる力が必要で、
それは、きれいな絵を描く力ではなく、魂を籠める巫女のような力がひつようなのではないか。
それには、すべてを投げ打って、一心不乱にその仕事に没入しなければならず、
あるいは、身をささげる気持ちが必要なのではないか。
>自分の信じる道を、「奴隷になって」も、歩き続けられる人なのだ。
という、すみきちさんが見通したことが必要なのではないか。
>「作り始めると、もう、映画の奴隷ですよ。
自分が好きなようにやってるんじゃないんだよ。
この映画はこうしなくちゃいけないという
宿命を背負っているんですよ」
と宮崎さんは表現する。
宮崎駿と高橋留美子に共通したものがあるかどうか考えたことはないが、
見た人が何を感じるか、映画とか漫画とかで見た人の「何か」を試されるような、
そんな「面倒くさいもの」を二人は作ったのではないか、と思った。














今回の受賞、物理はバリバリの理論だった一方、化学の場合は、非常に実践的な「研究の道具」だったというのが面白いです。
おっしゃるようhamarie_februaryブログはじめましたメールアドレス診断人気沸騰中のメールアドレス診断!自分のメールアドレスの運気を占う!友達ミンナでやって一番運気のイイメールアドレスは一体どれ?メールアドレスの改名もしてくれるのでメールアドレス理系男子を攻略せよ仲良きことはよきことかな理系理解にはお勧めですね!若だんな理系男子を攻略せよNo title夫もコンビニで買ってきました。
小飼弾さんのつっこみもわかりすぎて爆笑です。
これ読んだ直後、夫と対したことない理由でけんかしたのですが、ああ、これは(彼の態suikyoブログは誰のために書くのかありがとうございますお気遣いありがとうございます。
いつもお目通しいただき、これもまたありがとうございます。
ご指摘のとおり、読んでくれる人がいるというのはうれしいですよね。
リア若だんな