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トランスサイエンスって?

トランスサイエンスと聞くと、サイエンスでトランス状態にあるのかと思う。

当然、そんなことはなくて、こないだのイベントで解説しているように、

>トランス trans- というのは「越えて」という意味です。


トランスサイエンスに関する研究会というのがあったそうな。
>トランスサイエンスというのは、よく言われる定義でいくと、「科学で問うことはできても、科学では答えられない問題」です。


お知らせページ
でも見たし、
【閑話休題】六本木から本郷,そしてまた六本木:s&c でも読んだ。
>「トランスサイエンスにどう立ち向かうか ~理系研究者と科学コミュニケーション~」
については,冒頭の大木聖子さんの「防災情報と研究者」を除くすべてのプログラムに参
加しました.


K_Tachibanaさんは、大木さんの話は聞けなかったみたい。
>トランス・サイエンスは,科学認識の歴史.
「認識できていない,もやっとしたところはある」というものがトランス・サイエンスの定義.
サイエンスと非サイエンスとの境界がトランス・サイエンスというのは,誤りだ,と.


では、大木さんは何を話したかというと、
>低頻度・命にかかわる、と言えば巨大地震もそうですが、地震の発生確率を議論すること自体は何もトランスサイエンスではありません。では仮に予知できた場合に、それを発表に踏み切るかどうか、これはトランスサイエンスだと思うのです。
「パニックになるんじゃないの?」「経済停滞したらどうするの?」「予測はずしちゃったらどうするの?」などなど、確率論で答えを出せませんし、出したところで人々が本当に求める答えにはならないでしょう。


実は、予知できる可能性がある地震というのは決まっていて、今のところ想定東海地震だけです。さらに、その場合の対処も大規模地震対策特別措置法という法律で決まっています。

というお話を、サイエンスと政治との棲み分けの歴史を踏まえて発表させて頂いた


ということだそうです。
大木さんは、このあといいことをいっているなと思ったのでご紹介。
科学=サイエンスが自然科学だけではないという前提に立てば、
>「サイエンス(自然科学)万能」の考え方自体が今の人々の感性に即さなくなってきていることを踏まえれば、「その発生確率はこれこれです」のあとに「その時、人というのはこのように行動する傾向がある」「社会にはこう反映されるであろう」というところまで議論するべきでしょう、科学として。

そして、彼女はこう考える。
>別に何もトランス trans- サイエンス しないじゃん、サイエンスの中の議論じゃん。

これは健全な発想ではないかと思う。
>隣の研究者、隣の分野、隣の隣の世界、隣の隣の隣の職業、・・・、をリスペクトするくらいの健全な心はデフォルトで持っていたいものです。

全くその通り。
トランスサイエンスという言葉が、私には何となくしっくりこない
(トランスという言葉のとらえ方の問題かもしれないけど)

サイエンスで決められないけど、サイエンスが重要なことというのは世の中の至るところでみられる。
だから、科学リテラシーが必要というのだけど、
それよりも、科学経験者(科学学習者かな)が、
サイエンスの手法でサイエンスの先にあるものまで説明するくらいでないといけないのではないかな。
そこまでサイエンス(もしくはサイエンスの担い手である科学者)は責任を求められているように思う。
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fujita244

Author:fujita244
2000年から新宿在住。
21世紀とともに新宿を闊歩。
高度成長期の一億総中流育ち
頭も身体もサイズM。
フツーのオッサンから見て
フツーじゃなさそうな話を
書いています。

2011年12月に
「若だんなの新宿通信」から
「フジタツヨシの新宿通信」
に変更しました。

2012年12月20日にはてなブログも始めました。
「fujita244's field」です。
2013年2月1日からゴルフ専用のブログもはじめてます。
「fujita244のゴルフBK」です。
2つのサブブログもよろしくお願いします。

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