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科学者が気前が良いからと言ってそれでいいのか?ってこと?

科学者から話を聞いて記事を書いている人は、サイエンスコミュニケーターには多いはず。

でも、それは有料ですか?

「私は科学者ではありません」:科学と広告のブログ

>科学者が時間をさいて専門知識を快く教えてくれるのは、簡単にそういうものだからいいのだ、ということなのだろうか? 最近になって少しわかってきたのだが、科学者の中にはおよそ気前よく、その知見を分けて、教えてくれる人がある。

そうだよね。科学者は実に気前よく、自分の成果を時間を割いて教えてくれる。
科学の基本がわからないものにまでわかりやすく教えてくれる人も多い。

>私がギモンに思うのは、これだとどうも収支が合わない感じがしてしまう点だ。つまり科学者はいつも払うばかりで、一般向けに書く人というのはいつももらうばかりでは、私はたいへんな負債を積み上げてしまう。

この収支って、なに? と言うのが今日の疑問。
それで、私は書いたことに対する報酬を得るのに、
科学者に支払っているわけではないということなのだろうか?

>そこでひとつには共著という考え方だ。書いてあることが誰の考えかという点で、科学者でない者よりも科学者の考えが載っているほうがいい。もちろん話を聞いて納得したものを書くわけだけれども、もともとといえば科学者の考えにほかならない。だが、それが世の中に対してどのような意味を持つか、あるいはその考えのどの点に世の中は興味を示すだろうか、といったことは、私、つまり一般向けに書く人の仕事である。

まず第一に、発注者は、その原稿が出来上がるために発生する原価をどう考えているのだろうか?
科学者の言葉が、原材料だとすれば、原価を支払う必要を認めるのは発注者なのでは?

私は編集者として、取材謝礼を支払うようにしてきたけど、
それは当然研究成果に比べれば些少なものでしかない。

でも、ライターに聞いて来いといって、
ただで済ませ(させ)るのはライターに過大な負担ではないか?

まあ、自著の取材である場合には、
書きあがってようやく出版社に持ち込むわけだから原価の所在もあいまいになりやすい。

出来上がった本を差し上げるくらいでは、謝礼にもならないなあ、と思うのだろう。

第二に、科学者が背負うべき社会的負担ではないのか?
科学者は本来自分で、研究内容や科学の宣伝・広告をしなければならないのに、
専門家であるライターさんがやってくれるなんてラッキーと思っているのではないか?
そう、科学を世に知らしめるのは、本来ライターの仕事ではなくて科学者の仕事。
科学者は金を払ってでもライターに原稿を書いてもらうべき所なのだけど、
ただ話すだけで(しかも話しっぱなしで)社会に科学が伝わるならば、
その時間と労力は社会的負担として背負うべきではないのか。

つまり、ここでリョーシカさんが感じる「負債」というのは、
実は科学者が感じるべきものではないのかということだ。

共著にするのは当然、ひとつの解であるし、その点は出版社「が」考慮すべきだと思う。
つまり、ライターであるリョーシカさんが悩むことではなく、
科学コミュニケーションの社会との出口である組織(出版とかテレビとか広告とか)が
考えるべき問題ではないのだろうか?

と言うのが、私の疑問なのだけど。
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fujita244

Author:fujita244
2000年から新宿在住。
21世紀とともに新宿を闊歩。
高度成長期の一億総中流育ち
頭も身体もサイズM。
フツーのオッサンから見て
フツーじゃなさそうな話を
書いています。

2011年12月に
「若だんなの新宿通信」から
「フジタツヨシの新宿通信」
に変更しました。

2012年12月20日にはてなブログも始めました。
「fujita244's field」です。
2013年2月1日からゴルフ専用のブログもはじめてます。
「fujita244のゴルフBK」です。
2つのサブブログもよろしくお願いします。

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