安心は信頼から生まれるんじゃないかな

この本、今話題ですね。

安全。でも、安心できない…―信頼をめぐる心理学 (ちくま新書 746)安全。でも、安心できない…―信頼をめぐる心理学 (ちくま新書 746)
中谷内 一也

筑摩書房 2008-10
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安心はあなたの仕事 - 書評 - 安全。でも、安心できない…:404 Blog Not Found
>提供者に出来るのは、安全まで、なのである。それを安心に転化するのは、本来利用者の仕事なのである。

そう、安心と安全は、まったく違うフェーズのもの。
「安全なはずの商品」も使い手の不注意や不用意で、いくらでも「安心できない」ものになる。

それが、こんにゃく畑問題ではないかと、私も思う。


安全。でも、安心できない・・・:独り言つ
>本書の真骨頂は、第5章「感情というシステム」であろう。
我々のリスク判断には、理性的なシステムと感情的なシステムとの両方が対等に関わっている、したがって、「感情的になってはいけない。科学リテラシーを高めて、合理的な判断に従うべきだ。」という主張には難がある、というのがそこでの指摘である。


安全と安心の一番の違いは、この「感情」というところにあるわけですからね。

さて、今日、この本の話をしたのは、
安全。でも、安心できない・・・:きっと一生わからない

のエントリを読んだから。

>なるほど。と思うことが多く、面白かったです。
(なんとなく感じていたことを、しっかりと裏打ちされた。。という感じですかね)


そうなんや、と思いつつも。

>リスク管理者の専門性や能力が評価される時もあれば、
リスク管理者と自分の価値観が近いことが決め手になることもある。

という話があった。

たとえば、食品メーカーのリスク管理者が、小さな子供を持つ母親だったりしたら、「同じ母親として、彼女の言うことは信じられる」 みたいな話になるわけだ。


と言うあたりで、昨日、若いアウトリーチ室担当助教
(いつも思うけど、この助教って変な言葉だね)
との話を思い出した。

科学者の研究内容を理解してもらうのは難しいけども、
信頼してもらうことは出来る。
「なるほど、この先生が言っているのだから、ちゃんと研究したんだろうな」
と思ってもらうには、研究者が普段論文では書かない
「プロセス」と「研究動機」、「研究者の人となり」が重要で、
真剣にわかったもらいたいと言う気持ちがあることがわかれば、
人は少々難しくても読んでくれる。

と言うような話をしたのだった。
研究者を信じてもらう所からしか、科学への無用な不振は拭えないのではないかと思う。

信じられる研究者の存在を、社会に伝えたい。
そういう使命感に燃えたアウトリーチ担当助教の澄んだ目を前にして、
私は、少々、いい気になって語っている自分を恥じていたのでした。
でも、話し始めると止まらないし、一生懸命聞いてくれるから、
つい長く生きてきただけの経験をとくとくと話してしまうのだなあ。反省。

信頼にたる話をしているのかどうか。帰り道考えてしまった。

安全だけど安心できない人っていうのも、なかなか難しいかもね。

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【閑話休題】中谷内さんの新刊が話題になっているという

若だんなの新宿通信のブログエントリーより.

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