スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【教育】大学入試は人物評価の場ではない:2013年10月11日



フェイスブックで複数の方がシェアされていたので気になった記事。

<国公立大入試>2次の学力試験廃止 人物評価重視に@ヤフーニュース
kyouikusaiseikaigi.jpg

元ネタの毎日新聞の記事へのリンクはこちら

政府の教育再生実行会議(座長、鎌田薫・早稲田大総長)が、国公立大入試の2次試験から「1点刻みで採点する教科型ペーパー試験」を原則廃止する方向で検討することが分かった。



教育再生実行会議サイト

 21世紀の日本にふさわしい教育体制を構築し、教育の再生を実行に移していくため、内閣の最重要課題の一つとして教育改革を推進する必要があります。このため、「教育再生実行会議」を開催しています。



話し合っている人は、安倍総理以下、こんな有識者。

教育再生実行会議 有識者

大竹美喜 (アフラック(アメリカンファミリー生命保険会社)創業者・最高顧問)
尾﨑正直 (高知県知事)
貝ノ瀨滋 (三鷹市教育委員会委員長)
加戸守行 (前愛媛県知事)
蒲島郁夫 (熊本県知事)
◎ 鎌田 薫 (早稲田大学総長)
川合眞紀 (東京大学教授、理化学研究所理事)
河野達信 (全日本教職員連盟委員長) 
佐々木喜一 (成基コミュニティグループ代表)
鈴木高弘 (専修大学附属高等学校理事・前校長)
曽野綾子 (作家)
武田美保 (スポーツ/教育コメンテーター)
○ 佃 和夫 (三菱重工業株式会社相談役)
八木秀次 (高崎経済大学教授)
山内昌之 (東京大学名誉教授、明治大学特任教授)

曽野綾子が入っている時点でアウトだと思うけどなあ。

提言(PDF)などを出していますが、これ本当に、この方たちが話したことなんですかね?
どうみても99%お役人の作文だと思います。

グローバル化とイノベーションに適した人材づくりに大学が寄与しろと。

まあ、この提言にも個別に色々文句はありますが、ここでは、冒頭のニュース記事に関することを。

同会議の大学入試改革原案では、1次試験で大学入試センター試験を基にした新テストを創設。結果を点数グループでランク分けして学力水準の目安とする考えだ。2次試験からペーパー試験を廃し、面接など「人物評価」を重視することで、各大学に抜本的な入試改革を強く促す狙いがある。実行する大学には補助金などで財政支援する方針だ。



論点を整理して、個別に考えて行きましょう。

●1点刻みではなくランクに分ける。
 ランクだって、境目の点数がある以上は1点を巡る争いになるわけです。
 5段階だろうと10段階だろうと、一緒でしょう。

●2時試験で面接など「人物評価」を重視
 大学に入るのになんで人物評価されなくてはいけないのかがわからない。
 会社に入るわけではないので、その大学に入りたい強い意志を持っている人を優先するのでしょうか?
 面接で「貴校の校風に惹かれて」とか言うんでしょうか?
 それよりも大学の判断基準をもっと明確にしてもらえませんか?
 大学側に、特に地方の国立大学には、評点以外の差が見えない大学が多くないですか?
 カリキュラムの内容とか、強い専門性があるかどうか、就職に強いかどうか(これについては異論がありますが、とりあえず)、受験する側によって大学側が評価されるべきで、大学から評価される筋合いではない。

●改革をすすめる大学には補助金で答える
 金で釣って大学改革せよという強権的な態度は、大学の自治を揺るがす問題ですね。
 文科省のお役人様の、大学よ言うことを聞けという態度が反映しているとしか思えない。
 それを得々という大臣も問題だし、役人の許認可特権を広げるだけにしか見えないんですけど。

●高校在学中に基礎学力を測る到達度試験
 全国学力テストの高校版でしょうか。2年生の時に実施して大学入試の際の基礎資料にするようですが、3年で伸びればいいじゃないですか。このテストで高校を競わせるだけですね。

どうにも、百害あって一利無しな内容だらけに見えてきます。

大本の問題として、大学が何のために必要なのか、大学で勉強するのはなんのためなのか、というスタートに関わることのように思います。

大学は企業の人材育成機関じゃないわけです。大学は高等教育機関であり、本来ならば高校で教育は終わっても良くて、専門性の高いことを身につけるために大学があるはずです。

実際には、すでにそうではなくて、国家間競争に資する人的資源のためにあるということでしょうし、何よりもこの国では明治期に国立大学は国のための人材育成機関として始まってますから、その側面を強く考える(とくに官僚は)ことになります。

でも独立大学法人として各国立大学は独自に発展するのではなかったのでしょうか?
さらに、文科省の指導通りに入試をするような組織でしかないのでしょうか?

人口比で言えば、大学全入時代になり、子供の数よりも大学の定員のほうが多くなっていくような時代背景の中で、国立大学がどういう機関であるべきなのか。

その人材育成のために、大学のカリキュラムはどうあるべきか、大学教授はどうあるべきか、大学のアドミッションポリシーはどうあるべきかを、各大学は議論せよ、という提言まではわかりますが、それを具体的に「イノベーションとグローバル」で縛る必要が有るのでしょうか?

同会議の改革原案では、各大学がアドミッションポリシー(入学者受け入れ方針)に基づき多面的・総合的に判断する入試を行うよう求めている。



それにしても、どうして政府の委員会は、こうカタカナ語が好きなのでしょうか?
入学方針でいいでしょう。アドミッションポリシーとかいわなくても。

話を戻すと入学プロセス以上に、入学した後が問題なのが日本の大学だという議論は随分前からなされています。
そこで提言を出したのでしょうが、踏み込むべきは授業内容だし、教員の質ではないかと思います。

入学プロセスに手間ひまをかけるのではなく、入学後の教育プロセスに手間ひまをかけて欲しい。

受験生は、とりあえず行きたい大学にみんな行けばいいじゃないですか。
東大に入学する人が今の10倍いてもいい。ただ、卒業は今の半分くらいしか出来ないように厳しく評点して欲しい。
そして、国立大学は大学間で移動可能にして、北大で入学したけど、カリキュラムが取りたいから九大に行くとか自由にできるようにして、総単位数だけ揃えば卒業基準に到達するようにしてはどうなんでしょう?

高校2年生の学力よりも、大学3年生の学力のほうが心配です。
大学4年生の1年間が就職活動なのも問題です。
そういう点は、「教育の再生」に問題ではないのでしょうか?

また、大学教員が学生の評判を気にして、授業の難易度を下げたり、授業のやり方を変えるようでは、「国立大学らしさ」は保てないでしょう。
国として、どういう人員をそだてたいのか、という大きな議論は必要かもしれませんが、そこで「人物評価」されるよりも多様な人材でいいんじゃないでしょうか?

どんなに、こういう議論をしても、そこに届かない一定層はいて、いまはそれも大きな問題です。
教育再生すべきは、小学校なのかもしれません。

参考:【考察】「うちらの世界」を読んで考えた:2013年8月8日

それと、日本の教育がそれなりに成功してきたのは、1点を争うからじゃないでしょうか?

「読解力」米独の高卒より日本の中卒が上回る OECD調査@IZA

経済協力開発機構(OECD)が8日に公表した「国際成人力調査」では、職業別のほかに学歴別でも各国の成人の社会適応能力が測られた。日本では高校や大学を卒業していなくても、社会適応能力が高く、各国の高卒者と同等以上であることが分かった。



1点を大事にできないと結局、大きなことは出来ないものですよ。
だから、点数を競わせる以上は、1点を問題にすべきで、ランクだからいいというのは詭弁です。

さらにいえば、大学にとって入学後の学生をお客さん扱いするのならば、受験生だってお客さんです。

お客さんを選ぶ店になるのか、お客さんに選ばれる店になるのか。
選ばれる店になる努力をしてないのに、選ぶ方ばかり考えるのもどうなんでしょう?

大学もサービス業だという意識で改革してほしいものです。
関連記事
amazon
楽天市場
Yahoo!
楽天
FACEBOOK
RSSフィード
add
プロフィール

fujita244

Author:fujita244
2000年から新宿在住。
21世紀とともに新宿を闊歩。
高度成長期の一億総中流育ち
頭も身体もサイズM。
フツーのオッサンから見て
フツーじゃなさそうな話を
書いています。

2011年12月に
「若だんなの新宿通信」から
「フジタツヨシの新宿通信」
に変更しました。

2012年12月20日にはてなブログも始めました。
「fujita244's field」です。
2013年2月1日からゴルフ専用のブログもはじめてます。
「fujita244のゴルフBK」です。
2つのサブブログもよろしくお願いします。

リンク
検索結果
カスタム検索
Twitter
ブログ全記事表示

全ての記事を表示する

カテゴリー
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。