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【訃報】市川団十郎までが逝ってしまうとは



12月の勘三郎に続いて、今度は成田屋さんです。
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肺炎と聞いて嫌な気がしていたんですよね。

市川團十郎さんを襲った“悲しき因縁” 海老蔵に大きな重圧…@ZAKZAK

4代目の歌舞伎座を取り壊したころから、歌舞伎界を負の連鎖が襲っている。

 大物が相次ぎ亡くなった。中村富十郎さん、中村芝翫さん、中村雀右衛門さん、昨年12月には、まさかの中村勘三郎さん。そして、團十郎さんだ。海老蔵が襲撃を受けたのは歌舞伎座を取り壊した年。市川染五郎は昨年8月、舞台から奈落に落ちて重傷を負った。



関連エントリ:【訃報】中村勘三郎が亡くなるなんて:2012年12月5日

訃報:市川団十郎さん66歳 白血病と闘い@毎日jp

弁慶や助六などの風格ある大きな舞台ぶりで歌舞伎界を代表する立ち役(男役)として活躍してきた十二代目市川団十郎(いちかわ・だんじゅうろう、本名・堀越夏雄=ほりこし・なつお)さんが3日午後9時59分、肺炎のため東京都港区の病院で死去した。66歳。



まだ66歳。
でも、お父さんの11代目が亡くなったのが56歳(11代目市川團十郎@wikipedia)のとき。
戦後歌舞伎の花と言われながら絶頂期になくなった11代目。

1962年(昭和37年)4月、53歳のとき、待望の十一代目團十郎を襲名。59年ぶりに大名跡が復活した。(略)
しかし、團十郎襲名からわずか3年半経った1965年(昭和40年)11月10日、胃癌で死去。56歳だった。團十郎本人には最期まで自身が胃癌、それも末期癌だったということは伝えられず、死のひと月前の記者会見では「来年の正月からまた舞台に立つ」とコメントしていたほどであった。



その早くに亡くしたお父さんの芸を後世につないでいくの使命と語っていた12代目は、お父さんより10年長生きしたわけです。

12代目は、団十郎という名前が保つ意味と意義を骨の随まで感じた人だったと思います。
11代目が死んでから20年経って12代目を次ぐわけですが、11代目は実質亡くなるまで、この12代目に後を告げとも歌舞伎をやれとも言ってないそうです。
3之助(11代目が亡くなったときは新之助)のひとりとして、若いころに人気を博した12代目ですが、海老蔵である時代(1969~85)が長かったわけで、なかなか團十郎という名前は継げるものではありませんでした。

まだ十分に芝居を覚える手前で大看板である11代目がなくなって、周りの指導を受けて大変苦労して成田屋を背負って、時間をかけて12代目となった。父から学んでいない分、12代目は勉強したわけです。

その集大成が、母校青山学院(高校)での連続講義を下敷きにした本です。
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12代目までの団十郎について調べ、まとめたことを中心に、歌舞伎について高校生向けに書かれた本です。

さらに言えば、12代目團十郎は、歌舞伎18番と言われながら、現代では演じられていない演目の復活に励んだ歌舞伎の功労者でもあります。

歌舞伎十八番(かぶき じゅうはちばん)は、天保年間に七代目市川團十郎(当時五代目市川海老蔵)が市川宗家のお家芸として選定した18番の歌舞伎演目。(略)『不動』、『関羽』、『象引』、『七つ面』、『解脱』、『嫐』、『蛇柳』、『鎌髭』、『不破』、『押戻』の十番は、いずれも七代目團十郎が歌舞伎十八番を撰んだ天保年間にはすでにその内容がよくわからなくなっていた。これらの演目も明治から昭和にかけて次々に復活上演されていった



その演技は、私は決して好きではありませんでしたが、そういう好き嫌いを超えて、その大きさ、力強さはやはり成田屋ならではのもので、人間の力が役を大きくするという言葉を教えられた役者だったと感じています。

12代目市川團十郎@wikipedia

十一代目市川團十郎の長男として誕生。父が早世した後は自らの努力で芸を磨く。スケールの大きい骨太な芸格が魅力。重厚な存在感と独特な愛嬌を併せ持つ。お家芸の歌舞伎十八番はもとより、荒事、世話物、義太夫狂言、新歌舞伎と多彩な役々を演じ分けた。



二人目の孫がしかも14代目になるかもしれない男の子がもうすぐ海老蔵家に生まれるというのに、さぞや残念なことでしょう。
当然、4月の新歌舞伎座の開場ではいの一番の演目を予定されていたわけですから、ご本人も、また周りの方々も残念だけでは済まない衝撃があるものと思われます。

私にとっては、勘三郎の死は、純粋に好きな役者の死として悲しさを超える衝撃がありましたが、團十郎の死は、歌舞伎の今後を考えさせられる静かな震えが来るものでした。

ご冥福をお祈りします。


それにしても成田屋は悲劇が多い。
9代目から11代目(10代目は追贈)まで59年あいて、11代目から12代目まで20年あいて、次13代目はいつ継ぐだけの役者になれるのか。
ご本人がその気になっているだけではなれないのが歌舞伎の名跡ですからね。

松竹も頭がいたいことでしょう。

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fujita244

Author:fujita244
2000年から新宿在住。
21世紀とともに新宿を闊歩。
高度成長期の一億総中流育ち
頭も身体もサイズM。
フツーのオッサンから見て
フツーじゃなさそうな話を
書いています。

2011年12月に
「若だんなの新宿通信」から
「フジタツヨシの新宿通信」
に変更しました。

2012年12月20日にはてなブログも始めました。
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2013年2月1日からゴルフ専用のブログもはじめてます。
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