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【提言】笹子トンネル事故からこの国の40年を思う:2012年12月11日

笹子トンネルの事故の原因が、アンカーボルトが抜けたせいじゃなくて、その基礎になっているコンクリじゃないかという記事を読んで思ったことなんですけどね。

笹子トンネル崩落の原因は「アンカーボルト」の腐食ではなかった@週プレニュース

「もう記憶に薄いでしょうが、1996年から98年にかけて山陽新幹線の路線各地で高架橋の床板コンクリートが次々にはがれ落ちる事故が起きました。それはコンクリートの品質の悪さが原因で、山陽新幹線の高架橋を造った1965年から75年は高度経済成長時代にあたり、全国的な建築ブームで建築資材が不足していたんです。特に西日本ではコンクリートに混ぜる骨材の小石や砂利が手に入らず、ほとんど塩抜き処理をしていない海砂が大量に使われました。その結果、コンクリート内部の鉄筋がさびて膨らみ、常識外の早さで構造物の損傷が起きたのです」



今から40年くらい前に日本が高度成長経済で湧いている頃って、ものすごい量の建築工事がなされていて、その頃の道路や鉄道の工事で今の交通大動脈ができているわけです。

この週プレの記事でも

「1965年から75年頃に生産された欠陥コンクリート製の建造物は、2011年から15年頃に深刻な破損が起き始め、必ず大きな社会問題に発展します。また高度成長期時代のコンクリート建築物の脆弱さは、建材の問題だけではありません。当時の建設現場で横行した水増しコンクリート(シャブコン)など、数々の手抜き工事も危険な時限装置になるでしょう」


という専門家の予想があったことを乗せてますけど、確かに40年前の劣化コンクリが今日本の国土の骨格となっているといっていいインフラを作っていると考えるとゾッとします。
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さらに言えば、この40年くらい前にたくさん作られたのが原発だったりします。
そして、当初は30年、さらに40年と使用期限が伸びて、50年になろうとしている頃に起きたのが福島の事故。
福島第一原発というのは、まさに日本の原発の黎明期のもので、1号機が出来たのが1971年です。原発をつくる材料は吟味されてますから、劣化コンクリではないと思いますが、もう寿命だったからこそ事故も大きくなったのではないかと思っています。
隣の第二福島との事故規模の差を考えてもすでに「検査」では判明しないような劣化が起きていた可能性があります。

ここでは、福島原発の災害が何に起因するかという話をするつもりじゃなくて、こうした40年前にお父さんたちが一生懸命に作ったインフラをそのまま使ってきて、代替えしてないことが、福島原発でも笹子トンネルでも問題なのではないか、ということなのです。

つまり、40年前のコンクリで出来たインフラを使い続けて何も考えないというのは、過去にこの国を作ったお父さん世代に比して、我々世代がこの国の明日に責任を持つ行為を果たしてないということではないかと思うわけです。つまり「この国を更新すべき時期に更新して来なかった」という点に問題があるのではないか。

しかも、この事故の背景に有りそうな話として

大月~勝沼間開通直前の1976年11月に、会計検査院が旧・日本道路公団総裁に対して「工事監督不行届による笹子トンネルの強度不足」を指摘したのだ。その指摘の中でいわれた規定の厚さの約半分しかコンクリートが打たれなかった工事箇所こそが、トンネルの天井部分だった。



という話もあったりして。

そうなると、問題は「コンクリの劣化」だけのことではなさそうです。

それは、もちろん法整備を曲げてまで原発を延命させたり、新設ばかりでメンテナンスに気を配らない「政治家の劣化」だと言えますが、それだけではなくて、
必要以上の口出しをし続けて自分たちの仕事を増やしてきたのに、前任者の仕事を継続するだけで止めない「官僚の劣化」であり、
利益優先で掛けるべきところに金をかけなかった「企業経営者の劣化」であり、
のほほんと安全神話に身を委ねた「私たち自身の劣化」なのだろうと思うのです。

古いトンネルや高速道路や橋や原発やらをきちんとオシャカにして作りなおさずに、ずるずると「まだ行ける」と使い続けてきたモノたちが、ここ数年、時限爆弾のように破裂しているように見えるのです。

「人工物工学の提唱」(pdf)を吉川弘之先生が発表して人工物のあり方を領域を超えて考えるべきだと提言したのが1992年だから、20年前。

それから20年。何も進んでいるように見えない。

40年前の1972年というのは日本にとって実に多くのことが起きた年で、
横井庄一さんが発見された年で、札幌オリンピックがあった年で、あさま山荘事件があった年で、沖縄が返還された年で、日中国交正常化で、パンダが来た年で、日本列島改造論が発表されて、まあ大変な年なんです。


そして、その後20年バブルに向けて進んで、バブルが弾けたあとは、失われた20年とかいって、その間、この国はきちんとした反映の反省もなく、不況だと言い続けるばかりで国土の更新を行って来なかった。

政治的には、自民党政権が田中角栄から竹下を挟んで小沢一郎までの20年と、小沢が下野していろんな人を担いだ20年の結果が民主党政権になったともいえるけど、何にしても田中角栄が40年前にやったことの結果を小沢一郎は更新も革新もしていないのは事実で、それが日本の政治を覆っている闇の一部であることはたしかでしょう。

じゃ、小沢一郎が離れた民主党は、この国の更新をしてくれるのか、
「取り戻す」とか言っている自民党は、更新してくれるのか。

本当に未来を考えてくれるのは、未来の党なのか維新なのか。

何にしても、もうこの国は、このままではダメだということを、足元が揺らいで考えたはずなのが去年で、
更に上から何か降って来るかもしれないというのが今度の笹子の事故なんだから、
もう下からも上からも何とかしろと言われているような状態なんですよ。

ちなみに環境問題の先駆けといえるローマクラブが発表した「成長の限界」という本が出たのもこの年。
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でも、なんだかやっぱり何も変わった気がしない。

温暖化会議、ドーハ合意採択 京都議定書、20年まで継続 @産経BIZ

議定書改正は、今年末で08年からの第1約束期間が終了することを受け、来年からの第2約束期間を20年まで継続する。第2期間にはEU(欧州連合)やノルウェー、スイスなどが参加するが、第1期間に加わっていた日本やロシアなどは参加しない。



京都議定書って1997年ですよ。

いろんなことを考えさせられますが、ひとつ言えるのは、
この40年何をやっていたんでしょうね。私たちは。
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fujita244

Author:fujita244
2000年から新宿在住。
21世紀とともに新宿を闊歩。
高度成長期の一億総中流育ち
頭も身体もサイズM。
フツーのオッサンから見て
フツーじゃなさそうな話を
書いています。

2011年12月に
「若だんなの新宿通信」から
「フジタツヨシの新宿通信」
に変更しました。

2012年12月20日にはてなブログも始めました。
「fujita244's field」です。
2013年2月1日からゴルフ専用のブログもはじめてます。
「fujita244のゴルフBK」です。
2つのサブブログもよろしくお願いします。

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