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紹介:團十郎の歌舞伎案内

まずは、十二代目市川團十郎さんに謝らなければならない。
私は、あなたを誤解していました。
活舌の悪い、鼻にかかった声が、どうにも大物感が薄い
市川團十郎の人(にん)に無い人だと思っていました。
早く息子に名前を譲ればいいのに、とか言ってました。

しかし、この本で示した、あなたの歌舞伎への愛、見識、理解は、
まさに、歌舞伎の宗家にふさわしいものです。
あなたの深い理解と認識なしに、あの息子に譲ってしまっては、
歌舞伎18番は、ただのエンターテインメントになってしまう。

その危険があることを、海老蔵5役を謳った、
今年1月の新橋演舞場での公演「鳴神不動北山桜」
での演出について(フライングの件です)
「市川家の格」という言葉で、あなたが疑問を呈していることに、感じました。

今日ご紹介する本は、昨日夢中で読みきった、こちら。


当代の團十郎が母校「青山学院大学」文学部
(正確に言うと、團十郎は初等部から高等部まで青山で、大学は日大芸術学部)
での「歌舞伎の伝統と美学」という集中講義をまとめたものに、加筆したもの。

それにしても、なぜ歌舞伎の名門家がキリスト教系の「青山学院」に通うのだろうか?
結構いるんですよね團十郎以外にも、誰か教えてください。

【目次】(「BOOK」データベースより)

第1幕 團十郎でたどる歌舞伎の歴史
(豪快―初代市川團十郎(一六六〇〜一七〇四)/
話術―二代目市川團十郎(一六八八〜一七五八)/
実悪―四代目市川團十郎(一七一一〜七八) ほか)/
第2幕 歌舞伎ができるまで
(歌舞伎には演出家がいない/
日本の芸能の源は「楽=遊び」の発想/
二足歩行と声と ほか)/
第3幕 役者から見た歌舞伎の名作ウラ話
(歌舞伎十八番の内『鳴神』/
歌舞伎十八番の内『毛抜』/
歌舞伎十八番の内『勧進帳』 ほか)

もう、書き抜きたい言葉でいっぱいなんですが、

特に感嘆したのは、

「芝居」と「演劇」、「役者」と「俳優」の違いに対する解釈。

歌舞伎は前者であり、明治以降に後者が登場してくるんですね。
(言葉としては俳優=わざおぎ、は古事記にあるそうです。
そんなことまで書いてあるんですよ、この本!)

「踊り」と「舞」の違いは、「弾み」にあるのではないかという、
やってきたから言える指摘。


これはすごいことです。折口信夫という民俗学者の説を否定するんですから。

当代の團十郎は、大学に行くころに先代團十郎が死んで、
歌舞伎界全体に育ててもらったという人です。
その意味では、本当に苦労して歌舞伎役者としての道を歩いた人だなと思います。
それだけに、実に冷静に役を分析し、
能や狂言、浄瑠璃から歌舞伎へとエッセンスを取り入れ、
なぜそうなっているかを研究している。
そうしなければわからなかったもことも多いのでしょう。
直接説明してくれる師匠であり、父親がいないわけですから。

でも、それがこの本に結実しています。
歌舞伎好きも、そうでない方も、ぜひ一度読んでいただきたい。
それまで疑問だったことに、「そうだったのか」とひざを打つこと間違いありません。

たとえば、あとがきで、「宙乗り」という演出について
「でも本来なら、ただ花道を歩くその所作や芸でお客さまを納得させる、
それが歌舞伎というものではなかったか・そこに面白さを発見するのではないか」

と書いています。
痛烈です。
「これからの地球のことを考えても、
電気の力を借りて現実に体を浮かせる方法より、
自分のエネルギーで見事に表現して見せる方向を
模索しなければならないのではいけないのではないか。
実際、歌舞伎はそれをずっとやってきたのですから」


帯に「ドラマより、映画より、演劇より、一流の歌舞伎はこんなにおもしろい」
とあるのですが、ちょっと違いますね、
「一流の歌舞伎役者が、おもしろい」んです。

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