箱根駅伝や大学野球で有名な城西大学と
千葉県有数の総合大学・城西国際大学を束ねる
学校法人の理事長・水田宗子(みずた・のりこ)さんの著書。
目次(アマゾンの紹介ページから)
第1部 「女性学」の発見
私のアメリカ留学
イェールの学生寮にて
ある経験
ヴェレック先生
一九六〇年代、アメリカの大学風景 ほか
第2部 「女」から「ジェンダー」へ
二十余年ぶりに日本へ帰国
環太平洋女性学会議の開催
女性の自己表現とポストフェミニズム
会議を振り返って
フランス派フェミニストたち ほか
水田さんは、1961年フルブライト留学生としてイェール大学へ入学して以来20年以上
アメリカで学生・大学院生・研究者・大学教授(準教授)として過ごし、
60年代から70年代のアメリカでのフェミニズム勃興期に
女性学(Womens studies)を大学の中でひとつの学問領域(ディシプリン)として確立する
(ソクラテス的な意味での)産婆の役割を果たしたのち、
日本でもフェミニスト、文学者を横断した女性学の確立に奔走した人です。
生みの苦しみを果たしていもいるのですが、本を読んだ感想では、
病膏肓としてしまう狂気を持った作家・研究者の横で、
その思想や思考を本人と対話しながら学びつつ、彼女達の力を引き出す役割、
組織として、また学問として成立させていく役割を果たした人という風に感じました。
そこが、ソクラテス的な意味での産婆、と書いた理由です。
決して、激さずに熱く燃える思想を引き出す対話を続けていける人。
だからこそ、そうそうたるフェミニズムの闘士や、詩人、作家と距離を保ちながらも
連携を続けていけたのではないだろうか。
書き方としては自分史の流れを追いながら、多くの友人・知人との出会い、
そしてそこでの自らの気づき、思考の変容、視点の移動などを
女性学とのかかわりを通して、60年代から21世紀まで書き綴っています。
女性学というとフェミニズムなのかと思いがちですが、
フェミニズムが社会的な改革や女性の権利といった視点を中心におくのに対し、
女性学は、女性という視点から、あらゆる学問を見直したものと考えたほうがよさそうです。
その分、広いし、フェアです。私がフェミニズムになじめないのは、男性を差別するから。
彼女達は、女性優先なんですね。男性に抑圧されてきた性としての女性を「優先」しようとする。
水田さんが、この本の中で夏目漱石が描く主人公を
「家と男社会を捨てても恋愛を通して女と向き合うことをいったんは選んだ男たち」で、
「妻の他者性に気づき、それに悩む」と指摘し(56p)
その現代性を明らかにしています。
こうした冷静で、男性にも女性にも偏らずに、ジェンダーとセクシュアリティを分けて、
そこにある本質を見つめる目が、この本の随所に見られます。
それが心地よいのですね。
二元的な対立軸で、善か悪かと迫るやり方が、
構造として女性を押し込めてきた男性のやり方と替わらないことを
自覚している目なんだと思います。
「女性表現にとって、先進国‐発展途上国、資本主義‐社会主義、中央‐周縁、公的‐私的といった
区分は、もはや自明でも有効でもなくなった」(127p)
ということなんですね。
そこから、「フェミニズム批評の「女」という視点から「ジェンダー」という視点への移行という、
フェミニズムのこの新しい展開は必然だった」(同p)
という指摘が引き出されます。
この辺も腑に落ちるところです。
いろいろ書き出したいフレーズがあるのですが、それは読んで頂くとして、
21世紀には、女性学という視点は不可欠だと思うんです。
特に、極めて男性社会であるサイエンスソサエティにとっても、
女性の視点が何を変えるかは、
読んでおく必要があるのではないでしょうか。
女性学との出会い (集英社新書)













てか、今見たら書影ありましたね(笑)。smooth@マインドマップ的読書感想文ブログはじめました人生の価値を無料診断みんなやってる人生の値段チェッカー人生の値段日本の食料自給率は何で低いのだろうかコメありがとうございますkowasさん、こんにちわ。
日本の農業のコスト競争力は、品質にあるはずなので、結局は商売の下手な役人や政治家に任せていてはだめなんです。
おっしゃる通り、企業がき若だんなat新宿日本の食料自給率は何で低いのだろうかTracbackありがとうございますこんにちわ。ドラフト御免の中の人です。
日本の農業が政治の道具化されているのは同感です。
おかげで貨幣価値の違いや地理条件では説明できないほど、コスト競争力を失kowasniftyserveが懐かしい人知ってますキャプテンシステム用の企画だしの会議に出たことあります。D社だったか、T社だったか忘れましたが、大手代理店の仕事でした。まだ小僧だったので、出席して、議事録とって若だんな