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漫才の「多様性」を奪い、結果拡大した10年:2010M-1の感想(やや修正)

関連エントリ:2010M-1も終りましたね(総論)
        2010M-1も終りましたね(各論)


とにかく、今年は優勝した笑い飯よりもスリムクラブの異様な空気感の年でした。
それは、Nonstyleに対して未だに2008年はオードリーが優勝したというカラミをぶつける紳助が、
今後10年は言いそうなくらいです。

去年は、自分から優勝を降りたとしか思えないチンポジネタでしくじった笑い飯でしたが、
今年は、それすらも前振りにするような構成に底力と凄みが発揮された年でしたし、
この9年間、ハイレベルなネタを「大体わかったから変われ」というセリフに拍手が出るくらい浸透した「ダブルボケ」というオリジナリティで提出し続けた笑い飯への卒業証書か博士論文審査のようなものでした。

それだけに、今後スリムクラブのあの空気感が、再びテレビで見られることを祈っています。
なぜ祈るかといえば、難しいと感じるからです。
今のバラエティでは、人柄の良さとフリートークの旨さが図抜けている必要があります。
それがテレビという魔性の箱に映し出される全てで、ネタの旨さは映りにくいからです。

Nonstyle、パンクブーブー、笑い飯と3年続けて、
この人柄もフリートークもどちらも得意ではないコンビが優勝したのは決して偶然ではなく、
審査員の「漫才師」への総意のようなものではないでしょうか。
芸人はそうあってほしいという夢がそこにあります。

スリムクラブの特徴は、今の漫才が、ある程度お客さんに対して体を開いて話すのに対して、
全く二人で向きあったままネタを展開するという、
どちらかというと否定されてきたスタイルで独特の空気感を醸成した点でした。

でも、あの空気感ばかりではなく、実はボケの言葉の選び方も
意表を付いたところからやってくるレベルの高いものだと私は思います。
「民主党?」のところばかりが強調されるかもしれませんが、
沖縄土着のリアクションや(「土」とか)、説明を省いた抑制のきいたツッコミとか
個別の技術も高かったと思いますが、そうした技術論を超えて、
あの圧倒的な「間」がジワジワと私たち観るものの強迫観念をかきたてます。

だからこそ、審査員は「どう評価していいのかわからない」状態に陥ったわけです。
技術なのか、天然なのか。
でも二本みたことで、あれは「技術」だと言えるのではないでしょうか。
「技術」という言葉が即物的すぎれば、確立された「個性」だと言えます。
偶然の産物ではなく、彼らが提示している商品としての「間」なのです。

それは昨今、お笑いの世界が忘れているというか、「そぎ落としてきた」ものでした。
だからこそ、M-1の場で提示した勇気と技術は賞賛されるべきだと思います。
でも、きっとそういうふうにはならないように思えるのですね。

ジャルジャルのチャレンジも相当なものでした。
最初の1分半程に壮大な前振りとなる「受けない漫才」をやって見せる度胸に驚きました。
うちの嫁は、この時点で「この人達面白くない」と言ってみるのをやめてました。
でも、そこから漫才を構成しなおしていくプロセスを見せるという脱構築漫才に入ります。
そこで、「わざと受けない漫才をやっていたのか」と気づいた後には、
彼らの言葉以上に、彼らの言葉が聞こえてくるという想像力を利用した笑いという高度な状況を生むわけです。
これは、スリムクラブのいう「高度な教育を受けた」日本でしか実現できない笑いの方法だと思います。

ジャルジャルの「だっ」とか「まっ」という言葉に、
漫才の定形の言葉を予測して当てはめて、それを笑うという
手の込んだことを観客に「あえて」やらせるわけですから、
観客が笑いに通じていないといけないわけです。

M-1の観客という日本で有数の漫才に通じている観客を相手にする舞台であるという前提を利用したマーケティングが成立した漫才の登場。
もちろんそれは、審査員の求めるものではありませんから評価は分かれます。
結果、ジャルジャルは漫才師ではないけども侮れないという評価を確立して、今後もコントをやることでしょう。
それは彼ら自身の芸人としてのマーケティングには有効な一打になったように思います。

ナイツが、ヤホー漫才でブレイクし、言い間違いを昇華させ、今年新たな形状にしたように、
M-1は10年の間に、ひとつの漫才コンビを成長させるものになりました。
その最高の例証が笑い飯でした。

でも、一方で、M-1で評価された漫才のスタイルに縛られる若手が出てきたという弊害もあったろうと思います。
M-1の10年を3期に分けて考えると以下のようになります。

中川家、ますだおかだ、フットボールアワーの3年は、M-1がそれほど定着していない中で、漫才を固めた時期

アンタッチャブル、ブラックマヨネーズ、チュートリアル、サンドウィッチマンの4年は、M-1優勝者がスターへの登竜門となった時期。

NON STYLE、パンクブーブー、笑い飯の3年は、M-1が自己撞着に陥る中で混迷した時期。

アンタッチャブル以降、漫才に手数をどういれるかというM-1スタイルが定着し、
その最終系がサンドウィッチマンだったと思うのです。

そして曲がり角の2008年から優勝者以上に目立つ決勝進出組が出てくる。
オードリーであり、ナイツであり、U字工事であり、
事実上の優勝と言われる2009年の笑い飯、今年のスリムクラブ。

そして、この10年での一区切りは、M-1という番組にとっても、漫才師にとっても幸せな結末だったなと思います。
確かに、M-1を目指して精進する若手が出てきた一方で、
M-1を目指して漫才師になった若手も居るわけで、
それは本来、「辞めさせる」ために作った紳助の本意ではない。(wikipediaより)

M-1は精進の結果であって、目指すものになった途端に変質したのだし、
それは、この3年の混迷が象徴しているでしょう。
ただ、そのなかでも、ネタ番組が減少する中で品川庄司やハリセンボン、キングコングといった、
ひな壇芸人のお笑いの力を知ることが出来たり
南海キャンディーズ、オードリー、ハライチ、銀シャリなどの見たことのない芸人への驚きもあったわけです。

一定の役割を果たしたという評価があるうちに伝説となる道があって、
M-1にとっては良かったんじゃないでしょうか。

いずれ再開の話もあるようですが、今後は、審査員不足で開催が難しいのではないかと思います。

出来れば、今後、多くの芸人のネタがたっぷり見られる番組が日常的に出てくることを期待します。
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fujita244

Author:fujita244
2000年から新宿在住。
21世紀とともに新宿を闊歩。
高度成長期の一億総中流育ち
頭も身体もサイズM。
フツーのオッサンから見て
フツーじゃなさそうな話を
書いています。

2011年12月に
「若だんなの新宿通信」から
「フジタツヨシの新宿通信」
に変更しました。

2012年12月20日にはてなブログも始めました。
「fujita244's field」です。
2013年2月1日からゴルフ専用のブログもはじめてます。
「fujita244のゴルフBK」です。
2つのサブブログもよろしくお願いします。

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