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梅棹忠夫先生が亡くなったので、思い出など

まあ、私などが思い出を語るのもおこがましいのですが、
何度か直接お目にかかったことがある身としては、
また、その著作、言葉に大きな影響を受けた身としては、
一言くらい書いておかない時が済まないわけです。

梅棹忠夫先生といえば、国立民族学博物館(民博)であり、文明の生態史観であり、情報産業です。

これらに共通するのは、それまで誰も考えなかったような構想を誰にもわかるような言葉で組み立て、
多くの人の心や体を動かし、構想発表時には誰も信じなかったものが、
いつか実現し、そして当たり前のように受け入れられているということでしょうか。

民博は、サイトの沿革によれば
>みんぱくは、文化人類学・民族学に関する調査・研究をおこなうとともに、その成果に基づいて、民族資料の収集・公開などの活動をおこない、これらを通して、世界の諸民族の社会と文化に関する情報を人々に提供し、諸民族についての認識と理解を深めることを目的として、1974(昭和49)年に創設され、1977(昭和52)年11月に開館しました。

とありますが、実は大阪万博の跡地利用に何を立てるかという問題を解決したプランで、
万博の構想時に、既に梅棹先生が忍び込ませておいたという周到な計画だったと聞いています。
当然、民博生みの親の梅棹先生への追悼の意は強いわけです。

【梅棹さん死去】「失明後も意欲衰えず」 民博で須藤館長らが会見@産経ニュース
> 梅棹忠夫さんが19年間にわたり初代館長を務めた大阪府吹田市の国立民族学博物館では、梅棹さんの死去を受けて6日、5代目の須藤健一館長(64)らが記者会見。「頭に大きな穴が開いたようだ。『梅棹の民博か、民博の梅棹か』といわれ、民博を世界第一級の研究所に育て上げた」と功績をたたえた。

梅棹先生は、視力を失っておられたのですが、著作や講演などでは
まったく、その形跡を見せません。
新しい知識や本を読んでおられますし、話す相手にビシッと視線は行きます。

新しい本の読書や、著作の校正は、職員の方に読んでもらうしかないのですが、
それでも米寿を迎えても常人の域を超えた明晰さで文章を直し、インタビューに答え、
口述で著作を発刊し続けておられました。

失明に関しては、著作でその経緯を明示しておられますが、
普通、朝起きて目が見えなくなっていることに気がついたときに、
その状況を瞬時に分析し「これは視神経がやられたな」とは思えません。
その論理性、度量、腹の据わり具合が、まあ、常人ではないのです。

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文明の生態史観については、私などが説明するよりも、このブログを見ていただいたほうが早いですね。

文明の生態史観@池田信夫Blog
>梅棹忠夫氏が死去した。本書のコアになっている論文は短いが、日本人論や日本文化論に大きな影響を与えた。これは先日のホリエモンとの対談で話したこととも関連するので、少し説明しておこう。

中略(説明は、元記事をご覧ください)

ホリエモンが「何とかならないのか」というのに対して私の答が「煮え切らない」というコメントが多いが、数千年にわたって受け継がれてきた生態系の構造を10年や20年で変えることはできない。焼け野原になるまで、この生態系は変われないかもしれない。


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日本がなぜ、こういうモノなのかを見事に説明した文明論を超えた文明史観。

この間、内田樹先生がこの本の内容を語り直しておられましたね。

関連エントリ:相対国家日本:【読んだ本】日本辺境論

で、この文明史観の誕生は、日本の中だけを見て生まれるものではないわけで、
梅棹先生が今西錦司先生とともに世界を見て回った成果であろうし、
今回、梅棹先生の追悼文に今西錦司の名が見られないのだけど、
そこは隔週があったとかなかったとか言うこととは別に、外せないところだと思う。
そして京都に独特のサロンが形成されたのは、京大の今西一派を拡大した
東京も含めた梅棹一派があったからだろうしね。

梅棹先生は、とにかく人を魅了し、畏怖させる方だった。
私が仕事でインタビューさせていただいたのは、すでに失明されたあとだったが、
失明されて尚、眼光鋭く愚問への不満を呈せられ、瞬時に寛容を示して破顔される。
ユーモアを交えつつ人の気持ちをそらさない巧みな話術で、
70年近く前の高校生の頃の思い出を昨日のことのように鮮明に語られるのを
私はただただ面白い映画を観るように聞いていた。

また、梅棹先生の喜寿の祝いのパーティに出席させていただいたことがある。
(社長のカバン持ちだったが)
その時私が会場を見て「日本中の知性が集まっていますね」と思わず漏らした言葉を
社長は「あの言葉でお前は見所があると思った」とあとから言っていた。
その言葉はまさに偽らざるもので、発起人からして関西どころか日本を代表する
財界人、作家、学者たちで、彼らが実際に入り口に居並んでいるのだし、
会場は1000人入る関西一の宴会場で、本当に1000人入ることはなかなか無いものだけど、
まさにすし詰めで、梅棹先生にあいさつする列は途切れることを知らなかった。
その会場を有したホテルも今はない。

情報産業論については、「情報産業」という言葉が、梅棹先生の造語だということで十分だろう。
たしか、大阪のあるテレビ局の広報誌に求められて書いた文章が始まりだったと思う。
それを中央公論にまとめなおして、本にまでなった。

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これもまた、文化と文明を見つめていけば、梅棹先生の中では必然の事項だったのだろう。

梅棹先生は、常に「文化」と「文明」が違うこと、「民俗学」と「民族学」が違うことなど、
明確な定義と論理的な分類を基本として、論考を進める方だった。

その基本は「京大式カード」であり、「知的生産の技術」だったのだろう。
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物の考え方に必要な技術を考える本は、この本を原点としている。
収入が10倍アップしようが、効率が10倍アップしようが、知的でなければ意味はない。

日本は中心なき社会なのだけど、日本の知性はまた一つの中心をなくしてしまった。
しかも、この中心はサロンの中心でもあったから、
日本の知性はある意味、行き場を失ってしまったと言えるかもしれない。

知性という言葉を体現された方の死だと思う。
この方が生きていてくださると思えるだけで何かが安心できたのだけど、
それも消えた。日本の知性はどこに行ってしまうのだろうか。
まあ、どこにも行かないのだけど。

書いてもキリがないほど、いろいろ浮かんできますが、
気持ちを抑えるために、この本でも買って読むことにしようと思います。

梅棹忠夫先生のご冥福を心からお祈りします。

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fujita244

Author:fujita244
2000年から新宿在住。
21世紀とともに新宿を闊歩。
高度成長期の一億総中流育ち
頭も身体もサイズM。
フツーのオッサンから見て
フツーじゃなさそうな話を
書いています。

2011年12月に
「若だんなの新宿通信」から
「フジタツヨシの新宿通信」
に変更しました。

2012年12月20日にはてなブログも始めました。
「fujita244's field」です。
2013年2月1日からゴルフ専用のブログもはじめてます。
「fujita244のゴルフBK」です。
2つのサブブログもよろしくお願いします。

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