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相対国家日本:【読んだ本】日本辺境論

私なんぞが紹介するまでも無いのです。
新書大賞2010第1位だし、なんといっても内田樹ファンは多いし、
でも、「日本辺境論」を踏まえないと、こういう意見が出るのだよね。

「欧米コンプレックス」と「ぬるま湯」の日本から、21世紀の「国風文化」へ@ZOPEジャンキー日記
>いまの日本は、明治維新いらいの「欧米コンプレックス」を克服し、どこのマネでもない、21世紀の「国風文化」を作っていけるかどうか、という段階にさしかかっていると思う。グローバルな視野を持ちながら、世界をリードするような「新しい日本」を作っていけるかどうか。マネではなく、日本の個性・オリジナリティを発揮してこそ、真に「グローバル」な存在になれるのだと思う。


いえいえ、この国は外から基準を持ってこないと立ちゆかない国なのですよ。
それが日本のオリジナリティであって、真にグローバルな存在になどならない、いえ、なれないのです。

というのが、「日本辺境論」だと思う。


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著者のブログは欠かさず読んでいるのだけど、本にまとまるとまた書きたすから、
新たな感じになるんでしょうね。

たぶんに、この本とあわせて読むとさらにわかるのではないかと。

こんな日本でよかったね―構造主義的日本論 (文春文庫)こんな日本でよかったね―構造主義的日本論 (文春文庫)

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日本人は辺境人であり、辺境人であることを自覚し、それを基準にモノを考えると、
いろんなことがわかるよ、しかも、此の変わった国を変わった国として認めた方がいい。

という本。

目次
1 日本人は辺境人である(「大きな物語」が消えてしまった
日本人はきょろきょろする ほか)
2 辺境人の「学び」は効率がいい(「アメリカの司馬遼太郎」
君が代と日の丸の根拠 ほか)
3 「機」の思想(どこか遠くにあるはずの叡智
極楽でも地獄でもよい ほか)
4 辺境人は日本語と共に(「ぼく」がなぜこの本を書けなかったのか
「もしもし」が伝わること ほか)


この本の肝は、おそらくこの部分である。
>私たちに世界標準の制定力がないのは、私たちが発信するメッセージに意味や有用性が不足しているからではありません。「保証人」を外部の上位者につい求めてしまうからです。外部に、「正しさ」を包括的に保証する誰かがいると言うのは「弟子」の発想であり、「辺境人」の発想です。(100ページ)


だから日本はダメ、なのではなく、
そんな国がなぜ特にどこかの国に支配されることなく生き延びているのか、
そんな国にしか出来ないことは何かを考えて、それを生かした方が楽しい、と筆者は説く。

そして、この日本人が持っている「どこか他所に本物があるのではないか」という懸念は、
別に内田先生のオリジナルではなく、梅棹忠夫先生の『文明の生態史観』に既に書いてあると指摘する。
その一説を抜粋し、ほとんと同じ命題を書くのだと宣言している。
>「日本人にも自尊心はあるけれど、その反面、ある種の文化的劣等感がつねにつきまとっている。それは、現に保有している文化水準の客観的評価とは無関係に、なんとなく国民全体の心理を支配している、一種のかげのようなものだ。ほんとうの文化は、どこかほかのところでつくられるものであって、自分のところのは、なんとなくおとっているという意識である。
 おそらくこれは、はじめから自分自身を中心にしてひとつの文明を展開することのできた民族と、その一大文明の辺境諸民族のひとつとしてスタートした民族とのちがいであろうとおもう。」(21ページ)


その意味では、文明の生態史観を読んだ方がいい。内田先生もそう書いている。

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こっちも読んだ方がいいんだけどね。

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ではなんで、この本が新書大賞なのだろうかと。
ある種の焼き直しであり、オリジナルなものではないとすれば、
(ブログの焼き直しだったり、梅棹先生の考え方の焼き直しだったり)
それがなぜ「大賞」を取るまでに誉めそやされるのか。

たぶん、今、日本は、そういう国なのだ。
日本の知識人とか、日本の知識は、新書レベルが最適であり
(その新書レベルとは何かは「感じ」なのだけど)
そこに、内田先生の文章がマッチしているのだろうなと。
文庫でも単行本でも無い、新書らしい新書。
そういう暗黙知の集合知が、この本を新書大賞にしたのではないかと言う気がする。

さっぱり何を言っているのか分からないと思うけど、
いずれそんな気がするような文章だから、覚えておいてください。

それは、内田先生の五番煎じ位の文章を書いたつもりなのです。

あと、この本の指摘で今後ふくらませると面白いのは、
最後の「真名と仮名」の話ではないかと思います。
「マナとカナ」といってもふたりっ子の話ではないです。
日本人とフェミニズムとか、日本語の複層性とか言う話になりそうですし。

Mojixさんが、
>いまは日本にとっておそらく過渡期であり、次のレベルに行けるかどうか、もがいているところだろう。このレジス・アルノーのコラムには、「強み」と「弱み」が表裏一体になっているいまの「日本」というものが、よく捉えられていると思う。こういう「ガイジンの目」を借りて、日本の「強み」と「弱み」は何なのかを、まず正しく認識することが必要だろう。

と書いた「強み」と「弱み」は、此の本を読むと一目瞭然で、
さらにそれは相克されていくものではないので、次のレベルを目指すのは難しいと言うことがわかる。
もう「次のレベル」という考えが「違う」のではないか。
「別のあり方」という意味だろうが、レベルというと上に上がる気がする。
そういう進化しない国が、日本ではないかと「辺境人」はおもうのである。
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fujita244

Author:fujita244
2000年から新宿在住。
21世紀とともに新宿を闊歩。
高度成長期の一億総中流育ち
頭も身体もサイズM。
フツーのオッサンから見て
フツーじゃなさそうな話を
書いています。

2011年12月に
「若だんなの新宿通信」から
「フジタツヨシの新宿通信」
に変更しました。

2012年12月20日にはてなブログも始めました。
「fujita244's field」です。
2013年2月1日からゴルフ専用のブログもはじめてます。
「fujita244のゴルフBK」です。
2つのサブブログもよろしくお願いします。

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