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昔、ジアン・ジアンという小屋があった

24日に、下北沢・楽園でライブを見た。

パニック・シアター番外公演 at 楽園
「永六輔をめぐる一匹狼オンナたち」


パニックシアターの主催・中村まり子さん、
「届かなかったラブレター」が話題のシャンソン歌手のクミコさん、
ペコちゃんというコンビからピン芸人になったオオタスセリさん、
の三人という、一見共通点が浮かばない方々が出演した。

この三人の共通点は、ウェブサイトによれば
>2000年に「文化の担い手の役目は終えた」と閉館された渋谷ジアン・ジアン 育ちの三人娘。
ジアン・ジアン時代は永六輔さんを師と仰ぎ、異文化交流の日々を過ごすも、巣立った後は、演劇界・お笑い界・シャンソン界、それぞれのジャンルで浮きまくり。いつのまにや娘も→狼に...。
この度、「同窓会なんてとんでもない!どれだけ丸くなってないかをライブでウォ~ン!」という中村まり子の一吠えで、一匹狼となったオンナ3人が集結することに。


そう、渋谷公園通りの入り口当たりに、
1969年から2000年にかけて文化の殿堂とも言える小屋があった。

それがジアン・ジアン(Wikipediaにないんだねえ。悲しいことに)

中村まり子さんは、父・中村伸郎さんと共演した10時劇場でのイヨネスコ作「授業」の連続公演。
クミコさんは、まだ高橋久美子という名前で「歌う音楽図鑑」「世紀末コンサート」などを。
オオタスセリさんは、一人コントライブを続けていた。

そして三人とも、その頃お世話になったのが永六輔さんだった。
永さんの台本で、中村まり子さん、クミコさんは
あのパントマイムのマルセ太郎さんと一緒に地方周りもしたという。
>永さんの名作、ジアン・ジアン電話劇場の台本を掘り起こし、呼び出しを断る事のできない心優しい中年一匹狼オヤジ、すわ親治・松元ヒロを日替わり餌食にしてのジョイント・ライブ。

という、たった二日間公演、しかも、楽園は80人ほどしか入らないから
見ることができるのは200人足らずという贅沢なライブ。

何が贅沢かというと

喉の手術後の初仕事というクミコの歌が聴けた
・シャンソン歌手のはずのクミコさんが(自主的に)ミニコントもやった
・中村まり子さんの名作「もしもし母さん」が見られた
・ペコちゃんの頃から好きなオオタスセリさんとまり子さんの共演が見られた
・ドリフの付き人時代(ドリフの孫悟空の馬の声とか)の頃から好きなすわ親治のコントが見られた
・生きた永六輔を見られた(これが1番大きい)

しかも入場料金3000円!

内容は、電話をモチーフにしたコントあり、クミコさんの歌有り、永六輔さんの話あり。

中でもクミコさんのアカペラでの「こんにちは赤ちゃん」は、目から鱗だった。
この曲の詩が持つ意味を初めて知った思い。永六輔すごい!
お母さんが背筋を伸ばして赤ちゃんと向き合い「こんにちは」と話しかける曲だったとは。

歌のコーナーでは、
永六輔、中村八大、坂本九の三人が、どれだけすばらしい歌を生み出したのか。
そして、永六輔の言葉を紡ぐ力がどれほどすばらしかったのか(過去形にしてはいけないか)
を再認識させてくれた。

そして、最後に、中村まり子さんが
ジアン・ジアンという小屋へのレクイエムともいえる「手紙」を読み上げた。

多くの歌手、役者、演奏家、パントマイマー、ダンサー、作家、詩人などなど。
故人に向けて、一言ずつ思い出と感謝をまり子さんが述べたのだけど、
ジアン・ジアンに出入りしていたからというだけではないと思うけども、
まり子さんがどれだけ多くの人たちと接点があったかという方に驚く。

そして、ジアン・ジアンがもうないという21世紀の文化シーンを思う。

なぜ、楽園でやったかという問いに、
四角い舞台、二方向に客席があり、真ん中に柱がある構造が似ていたから、
と、まり子さんが答えた。

そして、地下におりていく階段の感じ、
上部が教会だったジアン・ジアンに比べ、本多劇場であるという違いはあるけど、
アンダーグラウンド感というようなものも似ている。

ジアン・ジアンで芝居を見た経験のある私にとっては、本当に懐かしい感じがする、
それでいて、新しいライブ経験だった。

こんな会を企画し実現した三人の方々に感謝したいと思った。
それにしても、永六輔さんの生前葬に見えたのは、偶然だろうか。
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楽園

私も行きましたよ。
楽しかったなあ、おもしろかったなあ。仰るとおり、贅沢なライブのひとときでした。
私も報告を書きました。
http://otd4.jbbs.livedoor.jp/kumiko/bbs_plain

あと「ジアン・ジアン」ではなく、「ジァン・ジァン」で検索してください。Wikipediaに載っています。

ジァン・ジァン

渋谷ジァン・ジァンが正しいのか。

WIKIPEDIAにありました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/渋谷ジァン・ジァン
>小劇場 渋谷ジァン・ジァン(しょうげきじょうしぶやじぁんじぁん)は、東京・渋谷の山手教会地下に1969年7月から2000年4月まで存在した、収容観客数200人未満の典型的な前衛小劇場である。
内部は大変狭く、舞台の左右に観客席があるという変則的なスタイルが特徴で、文字通り「アンダーグラウンド」に、前衛舞台芸術の発信地として機能してきた。

私は「渋谷ジャンジャン」だと…

思っていました(笑)。
今日の午前に電車の中でこの記事を読み、ケータイ版
Wikipediaで「ジャンジャン」で引いたら、項目の1つに
「渋谷ジァン・ジァン」が出てきたので、その旨書きこ
もうとしたら、もう先客が(笑)。
私は残念ながら、ジァン・ジァンに行ったことないです。
名前だけは知っていたのは、売れない頃の陽水が歌っ
ていたらしいから。(私、“陽水派”だったのでね^^)
なるほど、いろんな方にとって思い入れのある小劇場
だったのね…。

関係ないけど、イヨネスコの「授業」、公演までこぎつけ
なかったけれど、学生時代に、劇団T以外で練習したこ
とがあります。
…ということを、この記事読んで、思い出しました。
不条理劇で、わけわかんなかったっけなあ…(笑)。

N君の公演が近いから、次あたり記事にしなくちゃ。
(私たち夫婦は、5日のマチネー。若だんなさんは行く?)
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Author:fujita244
2000年から新宿在住。
21世紀とともに新宿を闊歩。
高度成長期の一億総中流育ち
頭も身体もサイズM。
フツーのオッサンから見て
フツーじゃなさそうな話を
書いています。

2011年12月に
「若だんなの新宿通信」から
「フジタツヨシの新宿通信」
に変更しました。

2012年12月20日にはてなブログも始めました。
「fujita244's field」です。
2013年2月1日からゴルフ専用のブログもはじめてます。
「fujita244のゴルフBK」です。
2つのサブブログもよろしくお願いします。

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