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西の正倉院に行ってみたい

日経ビジネスオンラインからメールマガジンが来るのだけど、
普段はそのまま「削除」と言うことが多い。

今日はなぜか、見る気になった。

そして、この記事に出会った。

“100万円道路”の村が古代史の里に@奥深き日本(日経ビジネスオンライン)
> 旅館を営むその家族との出会いがなければ、この村は、とおに、記憶の隅に隠れていたかもしれない。蛍旅の途次であった。椎葉村、諸塚村、西米良村といった九州の脊梁といわれる山深い村里に、源氏蛍の生息地を索めて旅を重ねていた。南郷旅館は宮崎県東臼杵郡南郷村大字神門(みかど)にあった。

この連載は、宮嶋 康彦さんという写真家による紀行文のようだ。
この方がサライで連載していた「誰も行かない日本一の風景」はすてきだった。
409103506X誰も行かない日本一の風景・水景色 (サライムック)
宮嶋 康彦

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この記事は、蛍の撮影に九州の山奥に行った時のことが書かれているのだが、
そこで思いがけずに「西の正倉院」に出会う。

>南郷村(現美郷町)は、宮内庁、文化庁、国立奈良文化財研究所、韓国国立扶餘博物館などの全面協力を取り付けて正統な正倉院建設を推し進めていったという。山があるばかりで、ほかに際立ったものがなかった人口2500人の小村は、次々と国家的なプロジェクトを成し遂げていく。

百済と大和朝廷の関係というのは、古代史ではなかなかおもしろいところで、
宇佐八幡神社と百済の関係とか、天皇家と百済の関係とか。

> 大和朝廷の援軍も得た百済が、待ち受ける唐と新羅の連合軍に敗れた白村江の戦から1300年。遠い日、この村で何があったのだろう。日向の先祖が崇敬して神に祀った百済王族とは誰なのか、いつしかそんな思いが村人の共通の熱情となって、「西の正倉院」建設が進んでいく。それは奇跡のプロジェクトと呼ばれた。

これで次回に続く。

次が気になる。
そして、西の正倉院の実物が見たいという気になってきた。
ダムに沈んだりしたような九州の寒村が、
古代史の中では奈良にも負けないほどの重要な収蔵品があるなんて、
なんだか面白そうじゃないですか。

宮崎は行ったことがないので、
出雲、熊野とともに「いつか行く」タグを貼っておきたいなと。

西の正倉院(美郷町)
西の正倉院(宮崎観光写真)
西の正倉院 営業時間 9:30~16:30 無休 入場料(百済の館と共通) 大人500円、高校生400円、小・中学生300円  
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fujita244

Author:fujita244
2000年から新宿在住。
21世紀とともに新宿を闊歩。
高度成長期の一億総中流育ち
頭も身体もサイズM。
フツーのオッサンから見て
フツーじゃなさそうな話を
書いています。

2011年12月に
「若だんなの新宿通信」から
「フジタツヨシの新宿通信」
に変更しました。

2012年12月20日にはてなブログも始めました。
「fujita244's field」です。
2013年2月1日からゴルフ専用のブログもはじめてます。
「fujita244のゴルフBK」です。
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