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「白い恋人」がない北海道物産展

今日から伊勢丹で、9月12日からは小田急百貨店で、北海道物産展が開催される。

今年一番の話題は、何が来るかではなく、何が来ないかにある。

そう、「白い恋人」が出品されない北海道展なのである。

石屋製菓の不祥事については、今さらいうまでもないでしょうが、「30周年記念商品」の賞味期限改ざんというのが、お祝いに泥を塗る感じがして、たまんないですね。

ロイズファクトリーと六花亭を前面に押し出した伊勢丹通信のチラシでもわかるように、何かが変わったのかもしれない。
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伊勢丹と三越の合併は本当に意味があるのか?

以前、しったこっちゃない、と書いたけれど、伊勢丹と三越の合併が本決まりになった。くりかえしホームページ上で否定していた伊勢丹だったが、ついに正式に発表した。

でもね、伊勢丹と三越が合併して、日本一売り上げの多い百貨店グループが出来る事は、本当の意味で「お客様のため」なのだろうか。他社の例から考えてみる。

大丸と松坂屋のJフロント・リテイリングは、大丸の「改革」の手法は他でも役に立つか試したいというトヨタ自動車の大会長の弟・奥田務CEOの野望が感じられるし、松坂屋が、東京に持つ支店(銀座と上野)の価値を考えれば、大丸の価値が上がる事も理解できる。松坂屋も名古屋だけではなく、東京・大阪・京都とも取引が出来る。救済になっている。つまり、企業の都合。

そごうと西武のミレニアム・リテイリングは、一人のキーパーソンが両方任されたから出来た合併だった。どっちも立ちゆかないボロボロの状況で、カリスマ経営者の勝手し放題の残骸だから、やりようもあったろうし、共通点もあったろう。デモまだ融合できていないらしいけど。カリスマを否定せずに、上手くいいところだけ使って従業員のモチベーションをあげていけば、いいときもあったんだから上手くいくかもしれない。あとは人材次第。やっぱり企業の都合。

「お客様のため」というのは、自分たちの都合だという事がよくわかります。

その伝でいうと、三越と伊勢丹の合併には、何が盛り込まれているのか?

三越と伊勢丹は、手法という意味では伊勢丹がこのところ急進している内容を「経営の仕方」だと思えば、他に移植できると思うかもしれないけど、伊勢丹の手法は、大丸が推進しているような利益構造の改革などの「経営手法」じゃないと思うんだよね。

店舗運営なんですよ。バイヤーの力と売り場(買い場というらしいけど)のデザインの融合。総合的なマーチャンダイジングの勝利。

で、それを三越に移植できるのだろうか?

カリスマ経営者の勝手し放題の残骸、と言う点では三越も同じでしょうが、そのカリスマって誰? もうずいぶん前から改革を続けてきたんではなかったっけ?

ここでの疑問は、三越は改革案を出したばかりだというタイミングであり、伊勢丹がくりかえし否定するのに、三越は何も言わないという態度の問題。
三越は今、日本橋、銀座の改装と、新築する大阪三越があって、銀行からたっぷり融資を引き出さないとイカンのですよ。

はい、もう長くなるので結論です。
三越経営陣は、自分たちの首を守り、銀行に提出した経営策を推進するために、店を売ったんです。簡単な話。

では、伊勢丹は何を得るのか。

三越の店舗なんか欲しいですか? 

新宿店の低迷を見るとそう思うけれど、日本橋と銀座は伊勢丹から見ても優良店です。何といっても(どんなギミックがあっても)店舗1店あたりの売り上げでいえば、伊勢丹新宿店より日本橋三越の方が上ですからね。これらが手に入るとしても固定客は伊勢丹のブランドには飛びつかないでしょう。何があっても三越の人たちでしょうから、客は伊勢丹の手に入らない。つまり、店舗は三越として存続するしかないんです。伊勢丹と三越をそれぞれ残すという、ホールディングス形式に意味があるのはこの辺の事情です。

ところが、海外進出については、三越の方が歴史も売り上げもある。
これから中国進出を狙う伊勢丹としても、三越の人材には興味があるでしょう。

そうなんです。実はここに、この合併の意味があるんです。

伊勢丹の経営陣の思いきりの良さ、手の打ちようの確かさと、三越の店舗と人材(伊勢丹にないタイプの人材)を組み合わせると、国内ではなく、海外へ進出できる百貨店ができあがるんです。

すでに、百貨店は国内では頭打ちです。金持ち向けにいいものをていねいに定価で売る商売が出来る場所はどこか。

中国です。中国の金持ちはすでに日本国民を上回る数でしょうし、上の層は日本の比ではありません。そうしたそうに売るには、スーパーじゃダメなんです。中国市場を相手にするには、たくさんいる中間層以上の所得層を狙わなければ。

それには、日本の百貨店の商売は突出してお金持ち向きです。ブランド1店ではヨーロッパには適いませんが、取りそろえてコーディネートする百貨店という業態はアメリカにはほとんどありません。(メイシーズとかって、三越と違いますからね。ハロッズだって専門店の集合体です)

だから、このニュースを国内売上高で報じている限り、見えてこないんです。
日本の報道は、どうして日本国内の視点だけなんでしょう。

でも、たぶん。三越はわかっていません。保身だけですから。

伊勢丹がなぜ、三越と手を組む必要があるのか。
新宿からこれを考えない限り、この報道の真の目的はわからないのです。

三越の経営陣は、保身をしたつもりでしょうが、早晩、若手への刷新を名目に切られると思います。銀行に首にされるよりはましなのかもしれませんけどね。

エアコン無しで生きていけるか?

当然、会社にいる間はエアコンがありますから、それなりの温度の中で仕事をしています。しかも、私が、25度以下にならないように、がんがん温度調節をするので、社内では悪評が立つほど。クールビズでも何でもない会社で、一人電子(でんこ)チャン状態です。
それでも、冷房病気味で、昨日はついに寝込んでしまいました。

このところ、寝ている間の体温調節がうまくいかない状態で、体表は冷たいのに汗が出るという、かなりやばい状態でした。
そういうときは、ゆっくりとぬるいお風呂に入って、中ならじっくりと温めるに限ります。

元々クーラーに弱い体質なので、自宅には据え付けのエアコンがありながら、ほとんど付ける事はありません。扇風機があれば何とかなるものです。

夜になるとそれなりに涼しい風が入ってきて、新宿もまんざらではありません。新宿御苑と花園神社、西向き天神など、緑濃い場所も点在しているので、風はながれているんです。

そうした風を上手く捕まえて、家の中を流れるようにすると、結構、クーラー無しでいられるものです。

室温は35℃までは平気ですからね。
何とか、今年もエアコン付けずに過ごしたいものです。

「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」を見て考えた

昨日、近所の新宿バルト9へ行って、「ハリー・ポッター」シリーズ第5弾「不死鳥の騎士団」を見てきました。

バルト9と言えば、オンライン予約システム「KINEZO」ですよね。家から時間を調べて、席を予約して、映画代はモバイルSUICAで決済します。予約番号が携帯に届いたら、バルト9の1階かチケット売り場フロアにあるKINEZOで予約を確認。座席の指定されたチケットを受け取ります。

ここで問題があるとすれば、映画代が「定価」しかダメだと言う事ですね。
前売り券、割引券の類が一切使えません。それらはチケット売り場で交換しないといけません。それでは自宅から予約が出来ないわけですよ。定価で買わせるネット商法ですねえ。

肝心の映画は上出来でした。
2時間30分近い対策ですが、ゆるんだ感じ、間延びした感じがありませんでした。今までの4作では、ストーリーがだるかったり、説明のための挿入だったり、CGが実写とバランスが悪くて興ざめだったり、何らかのシーンがあったのですが、今回はラストまで一気に持って行かれました。

ハリー・ポッターのキスシーンくらいですかね。その撮り方は何だよと思ったのは。
ハリーが妙にキスが上手いのがまた、しゃくに障る。
ヤドリギは降りてくる(西洋の言い伝えで、ヤドリギの下ではキスをしてもいいんだって)は、ぐるぐる回るはで、まあ、ショッキングなシーンですからね。それもいいでしょう。

ヴォルドデモートとの戦い、シリウス・ブラックの死、新たな予言。息をつかせぬシーンの連続です。

ハリーだけでなく、同級生達が大人になってきたのを感じましたね。
ロンやハーマイオニーは当然だけど、あのいじめられっ子だったネビル・ロングボトムがずいぶん大きくなって、ハリーより背が伸びて、しかもちょっと二枚目になってきている。
しかも、実は両親がハリーの両親と一緒に戦った勇敢な魔法使いで、彼には魔法使いとして成長しなければならない理由があったなんて。

ロンの双子の兄は、ますます悪戯がグレードアップ、妹も戦士の仲間入りと、お父さんはヴォルデモートにおそわれるし、もう一家揃って大変。

そういう周辺の変化も一緒に描かれながら、ハリーの成長と屈折を表現していくあたり、実に今回の脚本がよかったと感じたところでした。とくに、ハリーの孤独と成長がよく描かれています。
シリウスから、「ハリーを弱くするために、ヴォルデモートがハリーを孤独に追いやろうとしている」と言う指摘を受けても、ハリーは素直に頷けず、周囲からの偏見の目に耐えきれずに、友達の輪を離れて孤独になっていくわけです。ところが、最後にヴォルデモートととの戦いの中で、ダンブルドア先生が、「彼との相似ではなく、違いに目を向けるんだ」と言うと、心を探られる痛みに耐えながら、「弱いのは彼だ。彼は愛情や友情を知らない。守るべき仲間をもたない」と言うところから、精神的な反撃に出ていくあたり、少年ジャンプか!と思いましたが、実に、青春映画になっているわけです。

いよいよあと2作。どうなっていくんでしょうか。その前に、静山社は、税金を払いながら、ちゃんと最終巻の翻訳が発売日に間に合うのでしょうか?

40度を超える街、少なくなる南極の氷

熊谷と多治見で、40.9度という、これまで山形がもっていた40.8度を上回る気温を記録したらしいですね。しかも、多治見は次の日も40.8度を記録して、日本一熱い街を名乗るらしい。

岐阜にしても埼玉にしても内陸だから気温が上がりやすいのでしょうが、それにしてもここ2週間ばかりの暑さはちょっと記憶にないですね。

東京も最低気温が30度を超えるという、一日中真夏日ですよ。それも百葉箱の中だからね。アスファルトの上はもっと熱いでしょう。(暑いではなく、熱いと表記したくなるよ本当に)

一方で、南極や北極の氷、氷河の氷が史上最も少ないだの後退しただのいうニュースを聞くと、地球温暖化のせい? と言う気にもなってきます。

でもこの地球温暖化と言う言葉が、イメージをあいまいにしてますね。地球全体の大気の温度以上に、海水の温度の上昇は、これはえらい事なんですよ。

体積を考えると、そこに蓄積されているエネルギーは莫大なものがあるわけで、1℃上がるとどんだけー、なわけです。
水が1℃温度上昇するには、水1グラムで1カロリーですから、水1リットルで1キロカロリー。たとえば、25メートル×10メートル×2メートルの海水というと、学校のプールくらいですかね。これで500立方メートルですから、この海水を1℃あげると、50万キロカロリーのエネルギーが蓄えられている事になります。1日2000キロカロリーで成人男性は生きていけますから、250人分ですね。

まあ、単純比較できる関係ではありませんが、海水の温度が1℃上がる事がどれだけ莫大なエネルギーが必要かを感じて頂ければと言う事です。

気温の上昇も、海水温が上昇したエネルギーに影響を受けるわけで(天気の仕組みに関係するので省きますが)海水温の上昇は、地球温暖化などという言葉のあいまいさを吹き飛ばす脅威として注目すべきなのです。

さらに、海水温の上昇で、海の生き物が危機に瀕しています。
石垣島の珊瑚が壊滅の危機にあります。
以前、沖縄本島周辺の浅い海で、海水温上昇のために珊瑚が死滅しました。沖縄本島周辺では白骨化した珊瑚を見る事になりました。それが石垣島にも起ころうとしているのです。

漁師さんによれば、捕れる魚が変わってきているそうです。
北の魚がいなくなりつつあります。
魚がいないと生態系が変わりますから、魚介類の一大捕食者である日本人には、大きな変化が徐々に押し寄せてくるわけです。

地球温暖化という議論では、海の問題が議論されにくいようです。海面の上昇という事は言いますが、海水温の上昇についてはなかなか理解しにくい。でも、気温は一時的なものです。種の絶滅にはつながりません。でも、海水温の上昇は、生態系を大きく変える問題です。こちらにも目を向けてみたいものです。

8月15日について考えた

リンクを張らせていただいている「ミセス・かんちがいのブログ日記」で、「8月15日は祝日にしたら」と言う提案を読んで、影響されました。

かんちがいさんは「お盆」について考えているのだけど、お盆という行事の意味を「親から子へ教えられていない」事を憂い、ご自分が子どもだった時を思い返して、自分が親になって子どもに教えていない事を考えるのだけど、8月15日は旧盆でもあるし、終戦記念日でもあるのだから、「祖先の日」とでもして、祝日にしてはどうかという提案をされているのでした。

お盆と終戦記念日を結びつけるあたりが秀逸なのだけど、8月15日=祝日というのはいいかもしれないと思うのです。

韓国では、この日は日本占領下を離れた日として「光復節」という祝日だそうです。
カトリック国では、「FerrAgosto(フェル アゴスト)」と言ってマリア様が天に昇った日として祝日。
インドも祝日らしい。

8月15日どころか、8月6日も8月9日も何の日か答えられない子供が増えているような教育をしているくらいならば、キチンと祝日として、考えてはどうだろう。8月は祝日無いわけだし。
夏休みと重なるとか、お盆休みをトルからとかいうならば、この日が祝日ならば、一日お盆休みが増えるんだからサラリーマンには万歳なのでは?

海の日とかいう意味のない祝日をやめて(どうせ夏休みの始まりと重なるんだし)、8月15日を祝日にした方がよいのではないだろうか。

その時に何という名前にするか。

敗戦の日、と言うのもあるけれど、「平和の日」とか、「慰霊の日」とか、いっそ「日本の日」とか、今ある日本をつくった日だとか。

国民投票法が出来たらば、これを掛けてほしいですね。憲法の改定とかではなくて。

人はなぜ出会い系サイトにはまるのか?

夏は心のカギを甘くするのご用心。

と歌った桜田淳子は、宗教にはまっていったのだけど(本を出したらしいけど誰か読みました?)、夏のアバンチュールで済まないのが、出会い系サイトで出会った人たち。

最近は、出会い系で知り合って東京に出てきて泊めてもらっただの、出会い系で知り合った人に監禁されただの、出会い系で知り合った人の殺されただの、新聞には事件しか載りませんから、そういう記事ばかり読むわけです。

そういう記事ばかり読むわけだから、出会い系は危険だという社会的コンセンサスが取れて、出会い系なんぞ使わんぞ、となるのかと思ったら、ますます出会い系はネットで携帯で増殖しているようです。

私のメールの迷惑メールにも自動的に、そういう出会い系の宣伝と見られる個人名のメールがやってきます。たいていYAHOOのアドレスだったりしますが、タイトルがもう「今夜ダメですか?」とか「不倫倶楽部」とか「その辺のいるおばさんとやる方法」とか、過激なのから、「業務連絡」とか「この間のメールについてですが」とか、いつ出したよそんなメールというようなタイトルで、開かせようとするわけです。

さて、例えば、そういうメールを思わず開いてしまって、アクセスすると、サイトの紹介があって、さらにそのサイトアドレスをクリックしてしまって、会社で見てはいけないようなサイトがドワッと開いたりするわけです。

さらに最近は、「メールをお預かりしています」というメールが来るという新手が来ました。メールをやり取りするサイトに、あなた宛のメールが来ているから見てください、と言うメールなんです。

そのサイトにアクセスすると、知らない人から「抱いて」みたいなメールがあったりするわけですが、その人にうっかり返信するはずもなく、何だこれはと思うと、新手の出会い系サイトなんですね。

で、あまりにそういうメールが多いから、一度出会い系サイトを覗いてみようと、アクセスしてみました。

男女とも無料、とか言うやつです。

そうすると、最初にポイントをただでもらえて、そのポイントでメールをやり取りしたり、登録されている女性のプロフィールを見たりする事が出来ます。

自分宛にメールが届くようにもなります。

でもここからがカンジン。

そのメールを見るにも返信するにもポイントが必要です。
つまり、登録は無料ですが、中でメールをやり取りするのは有料なんです。

ここからは想像ですが、多分男性会員だけ有料なのではないかと思います。
ポイントがいると言う事は有料だという事で、ポイントを増やすには、あとから銀行に振り込むかクレジットか、電子マネー(ビットキャッシュという仕組み)かを使う事になります。

メールを見るだけで200円弱、メールを送るのも200円弱。メールを往復すると計350円かかります。相手のプロフィールを見るとさらに約200円、そこに載っている写真を見て顔を確認しようとすると、さらに約200円。どんどんポイントが減っていきます。

届いたメールの中から、良さそうな相手にメールを送ります。

返事が来ます。「あいたいです」とかね。

で、じゃすぐにでも合おうと鼻息を荒くしてメールを送ると、その返事がまた、気をそそるけれども先に進まない話ばかり。

そうして、やり取りを繰り返すとあっという間にポイントが無くなってしまう。
深夜に送っているから、今からすぐお金も振り込めないし、と思うと、「後払い」方式があります。

何回か使って、振り込みもした事がある信用おけるお客様には、3日以内に支払ってもらえるならば、いまは貸し越ししますよ。というわけです。

そうする家に、メールの続きを送りたいばかりに抜けられなくなるという仕組み。

携帯や直メアドなどを使って、ばりばりやり取りする仕組みもあるでしょうけど、出会い系の一つのパターンが、メール営業にある事がわかりました。

テレクラのサクラみたいなものですね。

でも、テレクラもサクラだとわかっていてもやめられない人がいるように、メール出会い系もやめられなくなる人多いだろうなあと思います。

中には、本当に会う事になる人もいるでしょうし。

でも、くれぐれも犯罪にはお気を付けて。

あと、メールでやり取りしただけで、相手を信用しすぎるのもやめましょうね。
メールでのやり取りは、電話よりもシンパシーが高い事も研究の結果、証明されつつあるようですよ。でも、書き方にもノウハウがありますからね。電話よりも声でばれないだけ、嘘つきやすいんですから。

私は仕組みがわかったので、卒業します。

体験の深度がブログの面白さなのか?

ブログのネタは、大体、実体験を書いている場合が多いのだろうと思う。
体験というよりも、調査だったり、収集だったりするブログもあるけれど、自分の見たモノ、やってみた事、記事などへの感想が主な内容でしょう。

自分の体験をおもしろおかしく書く人もいるし、淡々と書く人もいるし、それは個性なのだけど、どちらであっても、元になる体験がなければ書けないだろうし、その元になる体験がインパクトがあるかどうか(面白いだけでなく、ためになったり、泣けたりなどなど)は重要な事だろう。

どうでもよいような事を掘り下げて、他人と違う体験に高めていくという手法もあって、マンザイでいえばチュートリアルとか、ドランクドラゴンとか。
他人がしていない体験を掘り下げていくのは、麒麟の貧乏ネタとか。

そういう体験の異化という意味では、抜群の天才は笑福亭鶴瓶師匠だと思う。
月曜日の夜「きらきらアフロ」というテレ東の深夜番組があって、オセロの松島との二人で進行していく番組なのだけど、これが抜群に面白い。まあ、鶴瓶師匠が素人でも役者でも面白くしてしまう人なのは「スジナシ」やNHKの突然訪ねていく番組でも実証されているけれども、松島の天然を拾いまくる鶴瓶師匠の名人芸はただならぬもんです。

体験の深度と書いたけれども、ある体験をどのくらい深く捉えるか、また、濃厚な体験をするか、と言う事が書かせるブログもあるけれども、一瞬をどこまでふくらませられるかと言う技術もまた、ブログの技術になり得るのではないかと、それは適当に面白い事を言うのではなく、面白い事に仕立てる話術とつながるものがあるようにも思えてくる。

だからといって、鶴瓶師匠がブログを書いて面白いかというと多分そんな事はないだろうと予測できる。最近ブログを書く芸人が多いらしいけど、品川庄司の品川のような計算に満ちたブログが面白いのかどうか、かといって、天然なアイドルブログでも仕方がないわけです。

ブログを一つの技術の発露に出来るかどうかは、あなた次第(都市伝説か!)

Happy feetを見て考えた

映画「Happy feet」がDVDになってコンビニで売っていたので、買ってみた。公開時から気になっていて見たかったのだけど、何となく劇場で見そびれていたので、いい機会だと思ったんだけど。結構、見て驚いた。

ペンギンがタップを踏む絵柄をCGで描こうというだけの映画だと思っていたが、いやあ、ちょっと子ども向けではないんじゃない。

と言うのが視聴後の感想。

子どもの世界によくある「差別」「仲間はずれ」を勇気を持って乗り越えていこう、と言う映画なのかと思ったらば、途中は「ロード・オブ・ザ・リング」で、最後には「環境問題」なのだもの。主人公の声がイライジャ・ウッドだから、よけい、途中の冒険が「ロード・オブ・ザ・リングに見えてくる。

あらすじは、知っている人も多いだろうけど、心の歌で愛を謡うことが絶対の掟である皇帝ペンギンの世界に、くちばしから生まれずに、卵から足が先に出た「マンブル」が主人公。口から先に生まれたなんて言葉があるけど、足から先に生まれたから、タップが天才的にうまい。でも決定的な音痴という、皇帝ペンギン界にはあるまじき存在。

そのタップを、アデリーペンギンの5人組「アミーゴス」がほめてくれて自信がついて、と言うあたりまでがあらすじなのだけど、そのあとが、実はこのハッピーフィートの子ども向け離れしているところ。

魚が減っているのは、秩序を乱すダンスばかりやっているおまえのせいだと、長老に追放を命じられるのだ。

すると、マンブルは、それまで疑問に思っていた「外の世界」に、魚が減っている答えを探しに行く。

子どものころ、盗賊カモメに食べられそうになったときに、カモメの足についていた黄色の足輪を付けた「エイリアン」の正体は何なのか。アデリーペンギンの教祖「ラブレイス」の首に巻き付いている不思議な首輪(実は缶コーラの6本パックを止めるプラスチック。日本ではあまり見ないけどアメリカではコーラは6本パックで売っているのが普通)もエイリアンのものではないのか。

アミーゴスとともにラブレイスに首輪の話を聞きに行くと、ふとりすぎて輪が締まって体が弱っているラブレイスは、一時の力をなくしていた。マンブルは、ラブレイスが首輪を付けた場所に一緒に行くことにする。

そこはゾウアザラシの繁殖場所のさらに向こう。通りすがりに聞くとゾウアザラシは、奴らは鯨さえも食べる化け物だという。

まあ、それが人間を指していることはすぐに分かるわけで、どういう落ちにする気だよと疑問はましてくるわけです。

さらに北を目指すと、ラブレイスが首輪を付けた場所は、人間の鯨漁船の寄港地だったことがわかるわけです。魚がいなくなったのも、人間が巨大な船を使って網で魚を捕っているためだということが明らかになる。原因がわかったのだから帰ろうというアミーゴスに、マンブルは、「母さん、父さんをよろしく頼む」と言って、巨大漁船に突っ込んでいく。「話せばわかるはずだから」と。

いや、ペンギンと人間は話せないでしょ。

漁船に突っ込んでいったマンブルは、海をながされて、ある浜辺に打ち上げられる。
気がつくと、まわりを壁とガラスに囲まれた場所で、いろんな種類のペンギンたちの間に立っていた。そのガラスの向こうには、人間がいた。人間に向かってペンギンの窮状を話しかけるマンブル。しかし、言葉が通じるはずもなく、3日で声を失い、3カ月で心を失って、餌をもらうただの動物園のペンギンになってしまっていた。

ある日、一人の子どもがマンブルの気を引こうとガラスを叩いている。そのリズムに、我知らずタップを踏んでしまうマンブル。思いだした。マンブルは必死にタップを踏む。

タップを踏むペンギンはスターになり、営巣地に返そうと言うことになる。

マンブルは南極の地に帰ってきた。背中に発信器を付けて。

踊ることが人間との会話になり、ペンギンの窮状を考えてくれるのだと、両親や長老に話すマンブル。しかし、長老達はがんとして聞かない。そこに、ヘリコプターがやってくる。
マンブルの発信器で皇帝ペンギンの営巣地を見つけるための研究者を乗せている。

マンブルは、若いペンギンたちをリードして、踊り出す。やがて長老達まで踊り出し、そのリズムは人間にも伝わり、ペンギンをすくうための議論が世界中で始まるのだった。

マンブルのハッピーフィートは、皇帝ペンギンと人間の融和を生み出したのだった。

そうなのか? それでいいのか?

踊りが世界をすくうのか?

人間が南極の窮状を生み出しているのは間違いないことでしょう。魚は減っているかもしれないし、温度は上がっているだろうし。南極観光に行く人は年々増えているし、ペンギンと人間の生活空間は重なっていくのでしょう。

でもねえ。

踊るペンギンのおかげで人間はペンギンを救うのかなあ?


まあ、そういう疑問は置いておいて。

あらすじや予告編では、後半のヘビーなテーマは全く触れていないわけですよ。
見に行った人はビックリしたんじゃないかなあ、後半、どう落とすのって?

終わりも「ハッピー」とは言い難いと思うんですけどね。
複雑な感じですよね。

でも、CGはすごい。これは手放しでほめられます。ペンギンの子どもの産毛が1本1本動いている。氷山の色合い、光の反射など、細かいところまですばらしいと思います。

さらに、演出で感心したのは、後半人間が出てくるところが実写になっていること。
これで、ペンギンの世界と人間の世界の違いがはっきりと出たと思う。

ただ可愛いだけの映画ではないところが、ロビン・ウィリアムズや、ニコール・キッドマン、ヒューゴ・ウィービング、ヒュー・ジャックマンなどそうそうたるメンバーが声の出演を引き受けた理由でしょうか。

環境よりだし。

DVDもお手軽価格なので、おすすめです。

テーマ : DVDレビュー
ジャンル : 映画

夏目漱石は新宿生まれだった

夏目漱石生誕140周年と言うことで、新宿区立図書館ではイベントが行われているそうです。

何となく、文京区なイメージの漱石ですが、新宿区生まれで、早稲田のあたり(弁天町)で亡くなっていますから、新宿っ子だったと言えるようです。

森鴎外は文京区で、医学で軍人。
夏目漱石は、新宿区で、学校の先生で朝日新聞。

やはり、漱石の方が、庶民派な感じがしますね。

この際、夏目漱石を読み返すという夏の過ごし方もいいかもしれません。
夏目漱石と言えばこのポーズ

話題を見つける能力、話題を書く能力

ブログの更新のためには、いろいろ考えたり、いろいろ体験したことをまとめていく力が必要ですよね。

このとき、記事になる出来事に出会う能力と、何気ない日常の出来事を書き上げていく能力が必要ともいえます。
ホームページをつくるネタ帳にアップされた「一日の記事量が10件いかないとネタフルさんのようにはならないんだよ」で看破されているように、そんなに記事が書けるか、と言う問題があるわけです。

これについては、ネタフルにコメントが乗っていて、「ジャンルを絞って書かないとホームページを作る人のネタ帳さんのようにはならないんだよ」とエールを送られています。

まあ、二人とも化け物のようなブログを維持し続けているわけですから、努力と才能が交錯して、よいブログになっているのでしょうけど、それでも、本当に毎日の暮らしでどれだけのことを記事にしうるのか、考えてしまいます。

たとえば、いつも呼んでいる、これも化け物ブログである「さとなお.com」を読んでいると、毎日朝早くから、こういう事を書けるなあと感心する日常生活を冷静に観察し、熱く語り、愛情を持って娘を見ているその心情がつづられています。

そこにあるのは、関心の強さ、心の振幅の大きさ、そして、自分を冷静に見つめる物書きとしての技量。

本当に日常的な、家で奥さんと娘さんとゲームした、と言う事実から、ネット時代のいまを論じる視点へと広がる論理性(ご本人の専門と言うこともあるだろうけど)、自分たちの子どものころと娘さんを比べて、その違いが今後どうなっていくのかを分析しつつ、娘を思う気持ちが垣間見える、そのバランス。

腕が違うという感じ。

こういうのを読んでいると、自分がそうなるのは無理だとわかっても、何とか、自分の日常から、何か発信できないものかと焦ってしまうわけです。

まあ、今のように下書きすらせずに、文章を吟味する事無く垂れ流していては無理だろうけど。

ホームページをつくるネタ帳のYamadaさんは、「1記事にかける時間は4時間から、酷いときは4日とかです。 」と書いています。(関係ないけど、北海道の人なのねYamadaさん、私も北海道出身です。今は東京ですけど)

そういう努力が足りないからなあ、私には。

でも、もっと日常から考えていきたい。そう思って、新宿通信にしたのだから。

そう思ったのでした。

東京湾納涼船で考えた

日曜日に、東京湾納涼船に乗ってきた。

新宿にある私がもう25年も通っているお店の常連さんと一緒に、ここ数年続けているイベント。浴衣を着る機会がなかなか無いとぼやいていたことから、じゃあ、浴衣で割引になる納涼船に行こう、となったわけ。

この東京湾納涼船は、東海汽船という離島へのフェリーを運航している会社がやっているのだけど、離島へ行く便の夜間出航までの間に、一稼ぎしようと言うもくろみなのです。

だから、もう少し安くてもいいのではないかとも思うけど、まあ浴衣を着ていくと1000円割引になる「浴衣割引」があれば2500が1500円になるし、と思っていたら、昨年までは、浴衣割引は日曜も適用されていたのに、ことしから金土日は浴衣割引がないという。それでは真面目なサラリーマンはいつ行けばいいんだ!

まあいいや、と結局は浴衣で集合して、船室を借りて、ちょっと豪華に納涼船を楽しんだ。船室を借りるには事前の予約が必要で、オードブルが付いてちょっとお高くなる。でも、座席確保に並ぶ必要もないし、甲板で若者に混じって呑んでいるのは、一瞬で結構。ちょっと甲板から景色を眺めては、疲れたと行って戻る場所がないと、おじさんにはもうしんどいのです。

回りの船室を見ると、結構会社の集まりとか、労働組合とか、家族揃ってとかが多い。この船室も1等船室だから、離島に行くときにはなかなか乗れない場所なのも、人気の秘訣ですかね。

船上の出し物は、DJのだらけた司会と、浴衣ダンサーズという浴衣を着た女の子三人が、ディスコソングに合わせて、ものすごいフリで踊るもの。よく浴衣がはだけないものだと思ってよく見ると、この浴衣がよくできていて、はだけないように縫い合わせてあって、上下も独立したアンサンブルのようになっているから、ドレスで踊るようなもので、何ともないのだ。期待するなおじさん!

まあ、ビールなど飲み放題で、会場からきれいな景色を眺めて、海風で涼んで。屋台の食べものを懐かしがって、仲間内で馬鹿話をしつつ、2時間ほど過ごす。

年に一度のリラックスタイムなのでした。

阿久悠が死んで考えたこと

いろいろ考えて、あれも書きたい、これも書きたいと思いながら、日々過ぎている状況です。

70年代歌謡曲(流行歌と言う言葉が似合う人だった)の頂点にいた人で、何といっても「スター誕生」の印象が強かった。

ピンクレディと沢田研二で二年続けてレコード大賞を取り、「北の宿から」、「舟歌」で都はるみ、八代亜紀を演歌に留まらない位置に復活させた人だった。

80年代に入って、松本隆の時代になり、松田聖子のブリッコ路線とシンガーソングライターの時代に入って、阿久悠のスケールの大きい歌謡曲の時代は省みられなくなる。

それでも、「熱き心に」(小林旭)、「時代遅れ」(河島英五)でおじさんの心を奮い立たせたりもしたけれど、作家として、「瀬戸内少年野球団」などの活躍が目立っていく。

90年代にはいると、小室哲哉が出てきて、ますます歌詞が薄っぺらくなる。

作詞家別の売上ランキングでは、ダントツが阿久悠で6818万枚、2位が松本隆4946万枚、3位が小室哲哉4216万枚だそうだ(オリコン調べ)

歌謡曲からJ-POPに変わったのかもしれないけれど、その分、歌える歌は少なくなた。歌詞を暗記できる歌はもっと少なくなった。

伊勢丹と三越が一緒になろうが知ったこっちゃ無いけど

いやあ、本当にタイトルの通りなんですけど。

新宿から見ると伊勢丹は大勝利で、三越は店を維持できずに貸店舗になってしまった敗残者なわけで。しかも、アルコットになって成功しているようにも見えない。ロフトも撤退したし。ジュンク堂が出来て便利にはなったのだけど。

でも伊勢丹が企業として大勝利かどうかは、まだまだ考えなければならないところであるのは確か。新宿店、京都店以外はどうなのか。上海店は景気がよくなったらしいけど、海外進出はどうするのか。府中とか立川とか、成立しているのか、とか。

で、三越である。私のような田舎育ちにとって、三越というブランドネームはもう権威の象徴だったりする。でも、北海道でも三越は苦戦していて、苫小牧からは撤退したんだよなあ。ダイエーとヨーカドーとナガサキヤとイオンがある街に出店して何がしたかったのかという疑問はあるけれど。

そう、三越の行動にはこのところ、この疑問がついて回る。

「で、何がしたいわけ?」

今回の報道もそうなんだよね。

伊勢丹と一緒になって何がしたいわけ?

単にスケールメリットの追求なのか。ブランド革新のためのバイヤーのお勉強なのか。その両方だろうけど。じゃあ、伊勢丹のメリットは? 包み紙か?

大丸と松坂屋、そごうと西武。
デパートの統合合併が相次いでいる中で、多分、松屋の動向も含めて、伊勢丹をどこが取り込むのかはキーポイントになるのだろうと思う。

そんな素人でもわかる構造の中で、三越は何をしたいのか。経営陣に長期的な意味で考えてほしい。伊勢丹でいいのかなあ?




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fujita244

Author:fujita244
2000年から新宿在住。
21世紀とともに新宿を闊歩。
高度成長期の一億総中流育ち
頭も身体もサイズM。
フツーのオッサンから見て
フツーじゃなさそうな話を
書いています。

2011年12月に
「若だんなの新宿通信」から
「フジタツヨシの新宿通信」
に変更しました。

2012年12月20日にはてなブログも始めました。
「fujita244's field」です。
2013年2月1日からゴルフ専用のブログもはじめてます。
「fujita244のゴルフBK」です。
2つのサブブログもよろしくお願いします。

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