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【教育】大学入試は人物評価の場ではない:2013年10月11日



フェイスブックで複数の方がシェアされていたので気になった記事。

<国公立大入試>2次の学力試験廃止 人物評価重視に@ヤフーニュース
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元ネタの毎日新聞の記事へのリンクはこちら

政府の教育再生実行会議(座長、鎌田薫・早稲田大総長)が、国公立大入試の2次試験から「1点刻みで採点する教科型ペーパー試験」を原則廃止する方向で検討することが分かった。



教育再生実行会議サイト

 21世紀の日本にふさわしい教育体制を構築し、教育の再生を実行に移していくため、内閣の最重要課題の一つとして教育改革を推進する必要があります。このため、「教育再生実行会議」を開催しています。



話し合っている人は、安倍総理以下、こんな有識者。

教育再生実行会議 有識者

大竹美喜 (アフラック(アメリカンファミリー生命保険会社)創業者・最高顧問)
尾﨑正直 (高知県知事)
貝ノ瀨滋 (三鷹市教育委員会委員長)
加戸守行 (前愛媛県知事)
蒲島郁夫 (熊本県知事)
◎ 鎌田 薫 (早稲田大学総長)
川合眞紀 (東京大学教授、理化学研究所理事)
河野達信 (全日本教職員連盟委員長) 
佐々木喜一 (成基コミュニティグループ代表)
鈴木高弘 (専修大学附属高等学校理事・前校長)
曽野綾子 (作家)
武田美保 (スポーツ/教育コメンテーター)
○ 佃 和夫 (三菱重工業株式会社相談役)
八木秀次 (高崎経済大学教授)
山内昌之 (東京大学名誉教授、明治大学特任教授)

曽野綾子が入っている時点でアウトだと思うけどなあ。

提言(PDF)などを出していますが、これ本当に、この方たちが話したことなんですかね?
どうみても99%お役人の作文だと思います。

グローバル化とイノベーションに適した人材づくりに大学が寄与しろと。

まあ、この提言にも個別に色々文句はありますが、ここでは、冒頭のニュース記事に関することを。

同会議の大学入試改革原案では、1次試験で大学入試センター試験を基にした新テストを創設。結果を点数グループでランク分けして学力水準の目安とする考えだ。2次試験からペーパー試験を廃し、面接など「人物評価」を重視することで、各大学に抜本的な入試改革を強く促す狙いがある。実行する大学には補助金などで財政支援する方針だ。



論点を整理して、個別に考えて行きましょう。

●1点刻みではなくランクに分ける。
 ランクだって、境目の点数がある以上は1点を巡る争いになるわけです。
 5段階だろうと10段階だろうと、一緒でしょう。

●2時試験で面接など「人物評価」を重視
 大学に入るのになんで人物評価されなくてはいけないのかがわからない。
 会社に入るわけではないので、その大学に入りたい強い意志を持っている人を優先するのでしょうか?
 面接で「貴校の校風に惹かれて」とか言うんでしょうか?
 それよりも大学の判断基準をもっと明確にしてもらえませんか?
 大学側に、特に地方の国立大学には、評点以外の差が見えない大学が多くないですか?
 カリキュラムの内容とか、強い専門性があるかどうか、就職に強いかどうか(これについては異論がありますが、とりあえず)、受験する側によって大学側が評価されるべきで、大学から評価される筋合いではない。

●改革をすすめる大学には補助金で答える
 金で釣って大学改革せよという強権的な態度は、大学の自治を揺るがす問題ですね。
 文科省のお役人様の、大学よ言うことを聞けという態度が反映しているとしか思えない。
 それを得々という大臣も問題だし、役人の許認可特権を広げるだけにしか見えないんですけど。

●高校在学中に基礎学力を測る到達度試験
 全国学力テストの高校版でしょうか。2年生の時に実施して大学入試の際の基礎資料にするようですが、3年で伸びればいいじゃないですか。このテストで高校を競わせるだけですね。

どうにも、百害あって一利無しな内容だらけに見えてきます。

大本の問題として、大学が何のために必要なのか、大学で勉強するのはなんのためなのか、というスタートに関わることのように思います。

大学は企業の人材育成機関じゃないわけです。大学は高等教育機関であり、本来ならば高校で教育は終わっても良くて、専門性の高いことを身につけるために大学があるはずです。

実際には、すでにそうではなくて、国家間競争に資する人的資源のためにあるということでしょうし、何よりもこの国では明治期に国立大学は国のための人材育成機関として始まってますから、その側面を強く考える(とくに官僚は)ことになります。

でも独立大学法人として各国立大学は独自に発展するのではなかったのでしょうか?
さらに、文科省の指導通りに入試をするような組織でしかないのでしょうか?

人口比で言えば、大学全入時代になり、子供の数よりも大学の定員のほうが多くなっていくような時代背景の中で、国立大学がどういう機関であるべきなのか。

その人材育成のために、大学のカリキュラムはどうあるべきか、大学教授はどうあるべきか、大学のアドミッションポリシーはどうあるべきかを、各大学は議論せよ、という提言まではわかりますが、それを具体的に「イノベーションとグローバル」で縛る必要が有るのでしょうか?

同会議の改革原案では、各大学がアドミッションポリシー(入学者受け入れ方針)に基づき多面的・総合的に判断する入試を行うよう求めている。



それにしても、どうして政府の委員会は、こうカタカナ語が好きなのでしょうか?
入学方針でいいでしょう。アドミッションポリシーとかいわなくても。

話を戻すと入学プロセス以上に、入学した後が問題なのが日本の大学だという議論は随分前からなされています。
そこで提言を出したのでしょうが、踏み込むべきは授業内容だし、教員の質ではないかと思います。

入学プロセスに手間ひまをかけるのではなく、入学後の教育プロセスに手間ひまをかけて欲しい。

受験生は、とりあえず行きたい大学にみんな行けばいいじゃないですか。
東大に入学する人が今の10倍いてもいい。ただ、卒業は今の半分くらいしか出来ないように厳しく評点して欲しい。
そして、国立大学は大学間で移動可能にして、北大で入学したけど、カリキュラムが取りたいから九大に行くとか自由にできるようにして、総単位数だけ揃えば卒業基準に到達するようにしてはどうなんでしょう?

高校2年生の学力よりも、大学3年生の学力のほうが心配です。
大学4年生の1年間が就職活動なのも問題です。
そういう点は、「教育の再生」に問題ではないのでしょうか?

また、大学教員が学生の評判を気にして、授業の難易度を下げたり、授業のやり方を変えるようでは、「国立大学らしさ」は保てないでしょう。
国として、どういう人員をそだてたいのか、という大きな議論は必要かもしれませんが、そこで「人物評価」されるよりも多様な人材でいいんじゃないでしょうか?

どんなに、こういう議論をしても、そこに届かない一定層はいて、いまはそれも大きな問題です。
教育再生すべきは、小学校なのかもしれません。

参考:【考察】「うちらの世界」を読んで考えた:2013年8月8日

それと、日本の教育がそれなりに成功してきたのは、1点を争うからじゃないでしょうか?

「読解力」米独の高卒より日本の中卒が上回る OECD調査@IZA

経済協力開発機構(OECD)が8日に公表した「国際成人力調査」では、職業別のほかに学歴別でも各国の成人の社会適応能力が測られた。日本では高校や大学を卒業していなくても、社会適応能力が高く、各国の高卒者と同等以上であることが分かった。



1点を大事にできないと結局、大きなことは出来ないものですよ。
だから、点数を競わせる以上は、1点を問題にすべきで、ランクだからいいというのは詭弁です。

さらにいえば、大学にとって入学後の学生をお客さん扱いするのならば、受験生だってお客さんです。

お客さんを選ぶ店になるのか、お客さんに選ばれる店になるのか。
選ばれる店になる努力をしてないのに、選ぶ方ばかり考えるのもどうなんでしょう?

大学もサービス業だという意識で改革してほしいものです。

【妄想】公益通報者保護法と「半沢直樹」




テレビネタを組み合わせた妄想です。

「半沢直樹」というのは、TBSの人気ドラマで、先週日曜日に最終階だったようです。

「ようです」というのは、私ほとんど見てないんですね。

大阪編に壇蜜がでていたので、解決編になった回を見ました。
あと、最終回の最後をテレビをつけたらばやっていたので、
中車こと香川照之が土下座したところからあとだけ偶然見ました。

土下座に歌舞伎のためが出てきたなあ、などと思っていたらば、主人公の堺雅人が出向を命じられて終わってました。

原作通りだそうですので、まあそれでいいんじゃないでしょうか。

そして、公益通報者保護法というのは、同じTBSの報道特集で、28日に放送した後半の特集でとりあげていたもので、恐ろしい実態が描かれていました。

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内部告発者を守れない!公益通報者保護法とは? (2013/9/28 放送)

7年前に施行された公益通報者保護法。公益のために通報を行った労働者に、解雇などの不利益処分をしてはならないという法律だ。しかし実際は法律に騙されたという通報者が少なくない。
もともと5年をめどに見直しが求められていたが、7年たった今も進んでいない。
番組では3人の内部告発者に焦点を当てて、公益通報者保護法を考える。



なんでこんな堅い話を見たかというと、担当ディレクターが知り合いだからなのですが、彼の取材によれば3人の内部告発者が、皆ろくな目に合っていない。

企業だけではなくて、自衛隊の人もいて、国が守る気がない、ことがわかりますね。

消費者庁に公益通報者保護法ウェブサイト、というのがありまして、ここでいろいろな情報が手にはいります。

近年、事業者内部からの通報(いわゆる内部告発)を契機として、国民生活の安心や安全を損なうような企業不祥事が相次いで明らかになりました。このため、 そうした法令違反行為を労働者が通報した場合、解雇等の不利益な取扱いから保護し、事業者のコンプライアンス(法令遵守)経営を強化するために、公益通報 者保護法が平成18年4月に施行されました。
 公益通報者保護制度について知って頂くため、法の概要、各種通報処理ガイドライン等の制度に関する基礎的な資料について紹介しています。



内部告発をした人を企業から受ける不利益から守るための法律なのですが、これが実に有名無実で、取材された内部告発者が言うように「内部告発者迫害法」とでも呼ぶべき、内部告発者を企業が把握しやすくするための制度であり、内部告発してもこの法律に適さないという判決が出ていたりしています。

何故そうなるかも、このドキュメンタリーでは明らかにしています。

公益通報者保護法では、その内部告発によって告発したい事象が、どういう法律に反するかを指定しなければいけないのです。
この法律の指定がなかったから、内部告発ではあるけど、公益通報者に当たらないという判決が出たというのです。

そんなことできますか?

たしかに、このウェブサイトでも「公益通報者保護法において通報の対象となる法律」をあげています。
そして、随時アップデートされて、この法律は増えています。
その数438本。

しかも法律の内容を把握して、どれに違反するかを法令違反として提示しないと公益通報者になれないとなると、専門家のサポートが必要です。
法務部に対して一般社員が物申した時に、法務部がサポートしてくれるならば(それだと、この法律に違反するね、とか教えてくれるとか)書類も書けるかもしれませんが、内部告発者に好意的な専門部署があるのでしょうか?

取材事例では、どうもそうしたことはなさそうです。
このドキュメントで不満だったのは、実は、成功例と言うか、ちゃんと公益通報者になった人も取り上げて欲しかったなという点でしょうか。
そういうサポートをしている好意的な部署があるとか。
内部告発をしやすい企業があるとか。


消費者庁は、公益通報者保護法説明会というのを毎年行っていて、平成24年度も3箇所で開催してます。
そこで、企業が自社の例を報告していて、北海道で開催された会では、いま何かと話題のJR北海道が発表しています。
その資料PDF がアップされています。(こちら

これを読みとくだけでブログがかけちゃいそうですが、ここでは本論ではないので紹介に留めます。

この中でも、「できるだけ職場内で解決」という言葉が出てきます。
つまり、一度本人を職場に戻すわけですね。
実名で意を決して「お恐れながら」と申し出た人に「職場で解決できないの?」とか言うのでしょうか?

この一言でも内部告発者の側に立って検討されてないことがわかります。

何故、企業は内部告発を「嫌がるのか」もしくは「もみ消そうとするのか」。

さて、何故冒頭にドラマ・半沢直樹の話を出したかというと、この内部告発の話が、最終話での堺雅人と香川照之の対決につながるからです。

この内部告発者がどういう目にあうか、どういう展開になるかを考える一つの例が、半沢直樹の最終回だったということが出来ます。

内部告発をして常務の不正を暴いた半沢が出向して、常務は平取への格下げだけ。
当然、あれは「お話」であって、実際にコンプライアンスにうるさい現代で、あんなことはないのでしょうが
(その点は、こんなブログでの解説がありました。
参考:「半沢直樹」最終回の元銀行管理職からみた解釈@BLOGOS

「半沢直樹」の不在@池田信夫

池田先生のいうとおり「半沢直樹」は私にも面白い話ではありませんでした)

それにしても、日本企業が「内部告発」をどう扱いそうか、という事例にはなりそう。

これで、半沢が公益通報者保護法を利用して、内部告発を公にすると脅かしても無理なのでしょうね。
法律が底抜けで、国が守る気などないわけですから。

なんで底抜けか。

これは、ドキュメントでも出てきたように罰則がないからです。

Q1 法に違反し、公益通報者に対して解雇等の不利益な取扱いを行った場合、事業者に対して刑罰や行政処分が課せられることはありますか。

法は民事ルールを定めたものであり、公益通報者保護法違反を理由に事業者に対して刑罰や行政処分が課せられることはありません。

しかし、それとは別に、通報対象となる法令違反行為については、関係法令に基づき刑罰や行政処分が課せられることがあります。



企業つまり事業者は罰せられません。
でも内部告発者は、実名で明らかになってますから、企業からは叩き放題。
実際、取材された自衛官は、4年も遡って罰則を受けたり、配置転換を受けて事実上仕事が無い状況だったりしています。

企業ではなく、自衛隊ですからね。
国が率先して法律に対応する気がないということでしょう。

Q5 労働者が法令や内部規則に違反して、法令違反行為を証明する資料を取得した場合、保護の対象となりますか。
公益通報を理由とした解雇等の不利益取扱いは禁止されます。しかし、それとは別に、法令違反や内部規則違反を理由とした不利益取扱いについては、事例ごとに判断されることとなります。



これを適用しているわけですね。

しかも消費者庁は改正する気がない。

公益通報者保護制度に関する実態調査 というのを924万円欠(TBS調べ)かけて行ったそうです。

でもその結果は、改正ではなく、検討だけ。

3..調査結果(課題)を踏まえた今後の方策の方向性

(1)労働者において法制度の認知が進んでいないという課題について
⇒ 労働者に対し、法の趣旨・内容を、効果的に周知徹底する。
(2)中小事業者において法制度の認知及び内部通報制度の導入が進んでいないという課題について
⇒ 中小事業者に対し、法の趣旨・内容及び内部通報制度のメリット・導入方法等を、効果的に周知するための方策について更なる検討を行う。
(3)内部通報制度導入事業者においても取組状況は様々であるという課題について
⇒ 制度導入事業者における取組の充実・改善を促進するための方策について更なる検討を行う。



やる気が見えませんね。

私は、この法律があることは知ってましたし、それが効果を出してないことも聞いていましたが、ここまでひどいとは思いませんでした。
少なくても、消費者庁はもう少し頑張る気があるのかと思ってました。

法務局とか厚労省じゃなくて、消費者庁が担当というのも、労働者の保護に関わる法律と思ってない、片手間感が感じられますね。

改めて、色々考える契機になりました。

知っておいたほうが良い法律だと思いますよ。

【東京五輪】パラリンピックの準備にも注目したい



オリンピック招致が決まったということは、パラリンピックの招致も決まったということです。

もともとパラリンピックという言葉は、64年の東京大会で生まれたらしい。
パラリンピックの歴史@パラリンピックサイト

そもそも「パラリンピック」という名称は、「オリンピック開催年にオリンピック開催国で行われる国際ストーク・マンデビル大会」=「Paraplegia(対まひ者)」の「Olympic」=「Paralympic」という発想から、東京大会の際に日本のマスコミが名付けた愛称であった。



オリンピックと同じ都市での開催は、東京以降定着せず、名称が正式にパラリンピックになったのも88年のソウル五輪からだそうです。(wikipedia)

1985年、IOCは国際調整委員会(ICC)がオリンピック年に開催する国際身体障がい者スポーツ大会を 「Paralympics(パラリンピックス)」と名乗ることに同意した(オリンピックスという言葉を名乗ることは禁止された)。
しかし、従来のパラリンピックという言葉は、対麻痺者のオリンピックという意味であったことから、身体障がい者の国際大会になじまなかったため、パラ=Parallel( 類似した、同様の)+Olympics(オリンピックス)と解釈することになった。

(パラリンピックサイト)


となれば、なおさらパラリンピックを東京五輪の一つの大きな要素と位置づけ、
東京に戻ってきたパラリンピックということで、オリンピック以上に「おもてなし」の心で開催したいものだ。

日本の歩道は、車椅子で歩くには傾斜が多いし、車いすもヨーロッパのメーカーの作るものと比べると心もとないという声も聞く。
この際、東京をパラリンピック仕様に治すくらいの改革を猪瀬知事に期待したい。

もうひとつのオリンピックなのだから、オリンピック終了後にもう一度パラリンピックで盛り上がるくらいの状況になるといいなと思う。
そして、障害がある方々が、復興した東北を自由に散策できるくらい、東京から東北の道路や街並みが新たな豊かさを備えたものになっていることを切に願いします。


【東京五輪】2020年まで工事現場は大丈夫なのか?

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今朝から何度、この瞬間を見たことか。

2020年の東京五輪招致が決まりました。

プロセスというか、安倍総理のプレゼンを始め色々と疑問もあるし、疑念もあるけど決まったからには成功させたい。
そして成功に協力するのが、日本国民としての世界への誠意というものでしょう。
世界が、日本に注目し、選んでくれたわけですからね。

確かに福島の原発事故は収束せず、汚染水は漏れている。
それが、安倍総理の言うような範囲にとどまっているとも思えない。

でも、国のトップが言ったことですから、なんとしても実現しないといけない。
世界に公約したんですから、俺は知らないというわけにもいかない。

2020年という一つの締め切りが設定されたのは、
だらだらとした「復興」作業に対して、大きな枷となるでしょう。
でも、この制約は作業の加速を生み出すものと捉えれば、
東京五輪は、東北の復興にも良い影響をもたらすと思われます。

外圧に弱い国であるということは、外圧はうまく利用すべきだということで、
この東京五輪招致は、日本の国家運営に対して、見事に有効な外圧になると思います。

皇族から政治家から経済人か、多くの招致委員会メンバーが世界に公約したことを守るために、国家規模で邁進することになるでしょう。
その重要な一つの要素が、福島原発事故の後処理であり、東北の被災地に復興であることは、あれだけ「復興」をキーワードに掲げたのですから、その進展は守られなければなりません。

ところで、東京五輪の経済的な影響が第4の矢になるというような発言もあるようですが、相反する要素を含んでいることを考えておかないといけないのではないかと思います。

コレに関して、実は私が心配しているのは、日本の工事関係者が疲弊しなければいいのになということだったりします。

すでに、東北の公共工事には、工事業者の現場作業員が足りないことや、材料費の高騰が大きな影響を与えています。

地方自治体の担当者が慣れない高度な工事仕様の決定に励んでいるのに、業者が決定するどころか、入札の不調が相次いでいて、入札者0ということも少ないくないらしい。
多くの工事が同時に発生する中で、安い作業単価の公共工事を避け、高額の工事に人が集中してしまっているようなのです。

そこに東京で多くの工事が始まれば、単価も高く、内容も派手なオリンピック関連工事に人が集まり、ますます東北で工事を請け負う人たちが少なくなり、結果、復興・復旧工事が遅れるのではないかと心配です。

就職状況が芳しくないと言っても、戦後の復興の時のように、飯場に泊まりこんで工事現場で金を稼ごうという若者は、この平成不況では少ないでしょう。
東北でも、職人の高齢化はさけられないそうです。

高学歴プアとか、なんとか言っても、復興ボランティアに参加する人たちはいても、復旧工事の現場職人になろうとする人はどれくらいいるでしょう。
そこで働く尊さは同じではないかと思うけれど。

東北の復興と東京の五輪が同時に進行するには、工事現場の資材、もっと具体的なコンクリートの砂や石材や、多くの鉄骨の製造が欠かせないわけです。
こうした資材の確保には、円安の進行による原料の高騰、原油の値上げに伴うガソリン高騰、電気代の値上げなどが大きな影響を与えています。

アベノミクスは、輸出向け企業には上げ潮かもしれませんが、国内向けには厳しい状況を生んでいます。

これから、こうした要因のバランスをどう取りながら、経済と復興と五輪準備のバランスをどう取っていくのか、

工事関連株の高騰もいいのですが、足元は結構危ういものがあるのではないでしょうか。

【考察】「うちらの世界」を読んで考えた:2013年8月8日

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「うちら」の世界@24時間残念営業

このブログがニュースとしてネットを飛び交っていて、なるほど読んで見て、納得することもあり、これまで腑に落ちなかったことが腑に落ちたことあり、勉強になったので、さらに考えてみました。

導入が割と好きですね。

最近は冷蔵庫に入ったりなんかくわえたりするのが流行りらしいです。

 このへんのことについては、書こうと思ってうまくいかなくていくつか文章を放置してあったんだけど、今日、どこぞのまとめ見て不意にまとまったので書いてみる。

 なおこのエントリは、本来だったらもうちょい精密に考えなきゃいけないところを、自分の経験に引き寄せすぎて、ちょいとざっくりと処理しちまってるので、あんまり論としてはよいものではないです。



ストレートに問題に入っていながら、自分の立ち位置を保証している。
振りかざした感じがしないところも、炎上しにくい感じ。

このエントリでは、最近頻発している「従業員の行為が炎上して企業が謝罪」について、どう考えたって問題になるのだし、しかも炎上してるのを見て、なんで真似するのか、という「バカじゃないのこいつら?」という疑問について、「バカなんですが、そのバカがどうして起きるか知ってますか?」という問いを投げかけ、答えたもの。

しかも、「バカだ」で終わらせてはいけない、というところから始まっている。

さて、件の炎上した人たちについては、バカに見える。現実問題としてアホだなあとは思うわけだが、俺自身の思想によって、バカであるという判断では終わらせられない。もしバカなのだとしたら、過去にも同様にバカはいたはずで、過去のバカと現在のバカはあまり変わらない、彼ら、彼女らだけが特異的にバカなのではない、と考えるわけだ。つまり、彼ら、あるいは彼女らが悪いというのはではなく、環境やら状況やらに理由があってこうなった、ということをまず考える。実際悪くねえかっていったらそりゃ悪いことしてるんだけど、そういう状況に至ったのにはなにがしかの理由があるはずだ、ということだ。



そして、この言説を書いているのが、大学教授とか姿勢の学者とかではなく、コンビニの店長らしいというのが、実に「文化人類学的」でさえある。
現場を観察し、フィールドで体感している、「彼ら」の行動分析だからだ。

彼らの社会は「うちら」で完結する。「うちら」の外側はよくわかんないものである。よくわかんないものが干渉してくれば反発する。そして主観的には彼らは「なにも悪いことはしていない」。彼らにとって「悪いこと」とは明確な脱法行為のみである。あるいは「うちら」の結束を乱す行為だ。なにか、よくないことをしでかして、叱られたとする。しかし罰せられない。それは許されているということだ。明確な処罰が下されない限りは許されている。

 彼らの感覚としては「所与の権利」の範囲が非常に広い。権利が広いため、たいていのことをしても許される「ことになっている」。許さないものがあるのだとしたら、それは許さない側の理屈がおかしい。「うちらなんにも悪いことしてないのになに文句言ってくるの」ということになる。



この分析は、実に納得できた。
そして、そうかと気がついた。

彼らの行動原理は「大丈夫」「いいんじゃね?」「問題無いべ」であり、
「いやあダメでしょ」「それはヤバイって」「普通違うでしょ」というような優等生の論理ではない。
この「根本原理の違い」を明確に分析してくれたので、気がついたことがある。
その前に、この根本原理の違いが何に起因するのか。

何故、みんながこの問題を捉えきれてないのか。
筆者は、はてなーにはわからないのかもしれないと釘を指す。
このブログを書いているのがはてなブログであることから、はてなユーザーとのギャップを指摘する。
これは、読者層に理解できるかどうかを規定している点で、筆者の配慮が伺える。

俺がなにゆえこういう考えに至ったかというと、そういうものを日常的に見ているからだ。俺のブログを読んでいる人は、はてなのアカウントを持っている人がわりと多いだろうし、そしてはてなはおそらくネットのなかでも特異的に高学歴の人が集まっている場所だと思う。俺はよくこのことに言及するが、根拠は「自分の周囲から聞こえてくる会話」と、ブコメなりなんなりから漠然と把握される「はてなユーザーの平均的なイメージ」との乖離があまりに大きいからだ。



はてなブログは、IT系が多いように感じる。
私もFC2とかココログとか、色々書いてみたけど、そのサービスを選ぶ人達がいて、なんとなくブロガータイプが別れる気もする。
もちろんアメブロは特殊だけど。

そして、ネットでは可視化されない社会があると筆者は指摘する。

どうオブラートに包んでもうまく表現できないだろうから、あえて露骨な言葉を使う。この世には「低学歴の世界」というものがある。ネットからは非常に可視化されにくい場所だ。ここでは当用漢字ですらも通用しないことが多い。(略)抽象的な概念はかなり通じない。そもそも「概念」という言葉そのものが通じないだろう。個別具体的な事物を束ねて、現象として説明するような言葉では、なにも伝わらない。



この「低学歴の世界」という言葉はショッキングだ。

この問題については、このブログを読んで、さらになるほどと思った。

私のいる世界@ひきこもり女子いろいろえっち

最近のいろんなお店で起こるおバカな事件とネットの炎上のことで、いろいろ記事読んだ。

「低学歴の世界」って言葉が一番心に残った。

この言葉みた時、自分の居場所ってすとんとわかった気がした。

私はその世界にいるから。

はてなの中で感じてたなんかの違和感って、私ははてなの空気と違う「低学歴の世界」の人間だからなんだ、って思った。



ここで書かれていることは、いま起きていることなのだろうと思う。
それは、私が学生の時代の地方とは全く違うけれども(当たり前だね30年以上前だもの)
殺伐たる底辺校の実態、というやつなのだろう。

でも、それだけではなくて、親の世代が急加速するネット化についていけてないという問題がある。

親も学校もインターネットがなにかって教えてくれない底辺の子供は、インターネットっていうのをどこで覚えられるのか、私にはわからない。



田舎は世界が狭い。
高校生はもっと狭い。
親とテレビと学校以外に、誰が何を教えてくれるのか。

教えてくれる大人がいれば、少しは開けるのは、このブログ著者が体現している。

叔母さんの掲示板にゲームの感想書いた時、本名で書いたから、これは叔母さんだけに見えるんじゃなくて、誰からも見れるから書く内容に気をつけてね、って教えられた。

その時、ハンドルネームって教わった。

そのあと、ちょっとだけ通ってた塾の先生からも教わった。

わからないことはネットでどうやって調べればいいか、ってことも教わった。



学校ではどうなっているのか。

私の高校は、パソコンの授業で、パソコンフリーズさせた人は、使用禁止にされた。

私もしょっちゅうフリーズさせたから、おまえはもう触るな、ってやらせてもらえなくなった。



フリーズってなにか、フリーズってどうやったら直せるか、そういうことはぜんぜん教わらなかった。

そういう学校で、どうやってインターネットおしえてもらえるのか、私の体験ではわからない。



教育現場で、教育してない。

情報の授業とかあるのにね。ますますネットリテラシーに差がついていく。

アイスケースにはいるな、って教える親は、どんな世界にもいるわけじゃない。

それを知らないまま育ったDQNが、社会でDQNなことして、炎上してすぐきびしい制裁受けるけど、常識をおしえてくれない大人たちの世界がそのままなくならないんなら、その世界でこれからもDQNが次々育つと思う。



実は、このエントリを始めた時、この点を書こうと思っていたのだけど、私が書くよりも何倍もリアリティをもって彼女が書いている。

「低学歴の世界」って言葉は、すごいうまくいいあらわした言葉だと思った。

でもそこに属してるのは、低学歴の子供たちだけじゃないから。

「低学歴の大人」や「子供を低学歴にする大人」が作ってる世界に育った子供たちが低学歴になる。

常識をおしえてもらえなかった子供たちが、その子供たちだけの常識作る。



でも、これは「低学歴」だけの問題ではない。
「社会常識」と言う言葉が、この国で崩壊していることの現れなんだと思う。

「自分たちの世界だけで完結する」を学歴問題にしないほうがいい @人工事実

 この手の「低学歴の人間は自分たちの世界で完結」みたいな論って、一見納得しやすいけど、先に述べたように同様の構図で企業の不祥事は起こり、しかもそっちの方が社会的な影響も大きかったりするし、偏差値の高い大学の学生が次々とネットでやらかしている訳で、学歴の問題にしちゃうと、いろいろなものを見落とすよなーと思った次第。



それダメでしょ、じゃなくて、大丈夫だよね、で通ってしまう狭い世界がいたるところにあるということ。

ネットにおける「うちら」の世界と学歴問題@togetter

こういう議論含めて、社会学的な論考がなされるけど、あんまり意味は無い。
社会学って、どうも役に立たない感じがする。

最初にあげた24時間残念営業の中の人の視線は、そういう社会学的な問題ではなく、文化人類学なのだ。
そして、科学研究室を文化人類学者が調べたような、ねちっこい視線で見続けて本質をあぶりださないと、この問題は繰り返されるだけだと思う。

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はてブコメントも今ひとつ冴えてないかな。

「うちら」の世界 - 24時間残念営業@はてブ


そして、あまりみんな触れてないけど、この「うちら」の世界で秀逸なのは、奥さんとの会話。

うちの奥さまいわく、

「だから、子供できるだろ、結婚すんだろ。そうすると落ち着くんだよ。伝統芸だろ」

 芸かよ。

「いまでもこの方法は有効だと思うんだけど……でもなあ……昔はそういうのが有効だった理由って、暴れるだけ暴れて、それって反抗するってことだったんだけど、やるだけやれば、反抗してた大人たちはそれなりに大したもん、というところに落ち着いたからじゃん。そういうの、ないからね、いま」

「ないですか」

「ないよ。大人もいなくなりつつあるし、反抗でもない。両方の側面からアウト」



大人との対立とか反発で行われた「成人儀式」ならば落ち着きもするけど、そうではなく、無自覚と根拠レスの肯定で行われている世界は、直しようがないということ。

それは、私のいる世界、で書かれている「低学歴の大人」の世界の継続だから。

確かに識者の中には、日本では既に階層社会化していて、低所得層では学歴を得ることもできなくなっているという声もある。

それは、社会党や共産党が救いたい世界なのかもしれないが、救えるのか?

24時間残念営業は、「うちら」の世界をこう締める。

同じ場所でけっこうな期間にわたって店をかまえていて、彼らが高校生のころから見てたりもするんだけど、昔だったら、男は肉体労働、女は水商売っていう上がりのかたちがあったはずなんだけど、受け皿のほうが少ないせいか「どうやって生活してんだろこいつら」と思うようなのが増えてる。



引きこもり女子は、私のいる世界で、こう訴える。

それで、この「低学歴の世界」を、そうじゃない違う世界と切り離さないで、って思った。

(特定のブログの人にじゃなくて、不特定多数に向けて、です)

どこかでパイプ繋げて。

それじゃないと、いつまでも、ちゃんとした世界に入れなくて、この世界に取り残される人がたくさんいる気がした。



私には処方箋はないです。
問題は教育で、大人を教育しないといけないレベルなんだとは思うけど。
ここをどうにかしないと、日本は底が抜けるなという直感だけは身震いするほど、感じた。

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プロフィール

fujita244

Author:fujita244
2000年から新宿在住。
21世紀とともに新宿を闊歩。
高度成長期の一億総中流育ち
頭も身体もサイズM。
フツーのオッサンから見て
フツーじゃなさそうな話を
書いています。

2011年12月に
「若だんなの新宿通信」から
「フジタツヨシの新宿通信」
に変更しました。

2012年12月20日にはてなブログも始めました。
「fujita244's field」です。
2013年2月1日からゴルフ専用のブログもはじめてます。
「fujita244のゴルフBK」です。
2つのサブブログもよろしくお願いします。

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