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WEB2.0のロングテールはどこへ行った?

仕事で必要になったので、WEB2.0について考えてます。

それでいまさらながら、こんな本を読んでいます。
ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)
梅田 望夫

筑摩書房 2006-02-07
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名著といわれるだけの事はあります。
2006年に出版されたのですが、まったく古くなってない。

うん? でもなぜ? 梅田さんの話もあまり変わってないし、分析されている結果も違っていない。
2年もたっているのに、世の中が変わっていないのか?

WEB2.0って、2006年の流行だったんですね。
昨日本屋で探していたら、2006年発行の本ばかり。
その後の検証はされていないのでしょうか?
その中で、この本が面白かったので購入。

Web2.0でビジネスが変わる [ソフトバンク新書]Web2.0でビジネスが変わる [ソフトバンク新書]
神田 敏晶

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流行ったときをピークとすれば、その後ロングテールが訪れるはず。
WEB2.0はいまや、ロングテールになっているはずだと思っていたら、どうもそうではないらしい。

個人レベルから企業レベルへ、WEB2.0に対応する仕組みが整ってきたというところだろうか。
遅い気もするけど。マッシュアップで企業のシステムを組める時代だからなあ。

niftyserveが懐かしい人

私は、ブログは遅かったけれども、ニフティサーブのころから、仕事で調べ物をしたり、原稿を送ったり、
1990年には電話回線を使ったニューメディア〔笑)に仕事を通じて触れていた。

パソコンよりもワープロのほうが便利だった時代に、
東芝のpasopia16でデータベースソフトを使った経理システムを売ったり、
和文タイプよりもデータ入力での電算写植を使ったり、
自分でも日本語が表示できないころのアップル製品に触ったりしていた。
仕事でピザボックスタイプのアップルを使って、
結婚祝いに、妻の兄から本体だけもらって、画面は自分で買ってねといわれたのが1993年。
会社では長らく画面一体型の機種(LC630とか)を使っていた。

そういうインターネットなどまだカケラもないころ、
私にとってニフティサーブはネットの世界そのものだった。
会員としては古いほうなのじゃないかな。KYCとかで始まるし。

なぎのねどこ:FREEDOM
で、知った記事。

小鳥ピヨピヨ(a cheeping little bird).:ニフティで、ひとつの大きな時代が幕を閉じます
このサイトも有名サイトですよね。すいません、今まで見てませんでした。
>先日ビル・ゲイツというIT会の巨人がマイクロソフトを退職しましたが、ニフティでも、今日、ひとつの大きな時代が幕を閉じます。

NIFTY-Serveの立ち上げメンバーの1人、本名(ほんな、と読みます)さんが退社されるのです。


NIFTY-Serveというパソコン通信サービスについては、記事をごらんいただきたいのですが、
日商岩井という商社と、富士通というコンピューター会社の相克と駆け引きから生まれた
今で言うネットサービス。今もプロバイダとして「ニフティ」はありますが、
資本的にも歴史的にも引き継がれていても、私のイメージでは、たぶん、まったく違う会社です。

>本名さんは、ニフティが富士通100%子会社になる前の、あのメーカーと商社がクロスオーバーした独特な雰囲気を作り出した立役者の1人です。

この独特の雰囲気がなくなったのでしょう。

なごのねどこの中の人は
>それにしても素敵な笑顔のおじさんだ。

と書いているけど、本当ですね。

ニフティ会員として、こういう人がいなくなるのは、寂しい気がします。
ニフティのトップページを開くことさえない毎日ですが、
メールアドレスは、ニフティのままでいようかと思います。

妄想の足りない時代

先日、同世代4人での飲み会(夢の中でブログ書いてた というエントリで書いた飲み会)で、
かなり同意したんですが、今の若い人を見ていると(この言い方がおっさんの集まり)

想像力とか、創造力とか、言う以前に、空想する力、
もっと言うと「妄想する力」が足りないんじゃないか、

と思うんですね。

何もないところに、自分の脳みその中だけで、ある具体的な状況を思い浮かべる、というのは、
若い男の子にとっては、日常作業のはず(何に使うかはおいておいて)、
でも、そうした妄想も、目の前に提示されるバーチャル(映像だったり、アニメだったり)
で代替され、目を瞑って妄想するということがなくなっているんじゃないかな。

とても視覚的に恵まれた時代になって、というよりも、視覚情報がものすごく多くなって、
常に目の前に何らかの情報(映像だったり、文字だったり、両方だったり)があって、
それに対する反応だけで、すべてがすんでしまう。

反応ばかりを求められて、自分でためるという行為がないから、妄想にならない。
この妄想の訓練がないから、展開を先読みする力がなくなるんじゃないでしょうか。

最近、秋葉原の事件を後追いした書き込みや南下で、ずいぶん多くの若い人が
(一部おっさんもいたようだけど)つかまってますよね。
例外なく、軽い気持ちとか、こんな騒ぎになると思わなかったとか、言うんですが、
騒ぎを起こしたくてやったのに、騒ぎになると思わなかった、って言うのはどういうことなのか?

想像力とかいうような高度な話ではなくて、
こうするとこうなる、という展開を読む力が弱いんだと思うんです。
つまり、妄想する力がないんじゃないかと。

ぶっちゃけて言うと、雑誌もアダルトビデオもアニメも同人誌もなしに、
エッチなことを想像することができなくなってるんじゃないのかなあ。

目の前にその【映像】がないと、イメージができない。
それは、イマジネーションの退化なのではないだろうか?

それって、脳機能の問題にすらなっていないだろうか、と思ってしまうんです。

たとえば、漫画が読めない子供の話とか、字幕が読めないとか、
物を知らないからだけではなくて、
絵と文字を同時に理解することができないとか、
読むスピードが落ちていて、字幕が読みきれずに画面についていけないとか、
理由がもう、脳機能の退化ではないのだろうかと思ってしまうのです。

漫画について言うと、読み方がわからないというのもあるけど、
絵と文字を同時に理解するという脳機能の問題もあると思うんです。

絵と文字は脳の中で理解する場所が違いますから、
それを連動することで「漫画を読む」という行為は成立しています。
この、「連動」ができない人が増えているらしい。
そうなると、妄想ができないどころの話ではなく、大丈夫か日本、という話です。

ああ、話がずれる、しかも長い。

脳機能と漫画の話は、どこかでまた考えたいですが、
若者よ、妄想しよう! 脳の中で、あれやこれや、しよう。
といいたいわけです。

よく晴れた日に

朝事務所に向かうときに見た風景。

080624_0901~01

080624_0902~01

080624_0903~01


ビルに取り込まれるビル。
客を飲み込みつつ膨れ上がるビルの持ち主を思わせる。

夢の中でブログ書いてた

夢の中で書いたブログの記事がすごく面白かったのに、
起きたら忘れていました。

夕べ、同年代の同業者4人で飲んだときの話で、
すごくよくできていたのに、思い出せない。

野生の風行ってきました
 というエントリで書いた「野生の風」に
4人で行ったので、ロフト風の座敷席。
この席熱がこもって暑いなあ。

まあ、店は混んでるようで、まずはよかったのではないでしょうか。
店員が気持ちのよい若者ばかりなのはいいんだけど、グラスとか割り過ぎ。

なんか、3時間くらいいたうちに、4〜5回「ガッチャ〜ん」というのを聞いたような。
あれ、原価に入っているのかなあ?

というような話だったのだけど、もっと面白かったはずなのに。
変だなあ。

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